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21.12.20

酒は百薬の長などではなく人を暴く麻薬と知るべし

 昨日赤チンが製造終了になるというニュースを読んだ後、なんというタイミングか金属の定規の角で手に擦り傷を作ってしまいました。 裸で置いていたわけではなくちゃんとケースには入っていたのですが、100円ショップのものということもあり若干寸足らずで、たまたまちょっと出ていたところでやってしまったという話。またやらかしてはたまらんということで、今は反対側(端までちゃんとケースに入っているほう)を手前にして収納しております。

 年末年始となると世間ではいろいろと集うようになるわけで、自分も関与していた時期がありましたが、正直苦行の時期といえました。もともとアルコール過敏なのでそういう席にいるだけで体調が悪化するだけでなく、以前も書きましたが食べること自体が好きでないので、目の前にいろいろとお皿が並ぶだけで気がめいるという。つまり家で最低限の食事で満足という性格が今では功を奏しているわけです。ここ数日大学病院の関係者の会食でクラスターという記事をよく見ますが、「医療従事者」という言い方から考えると、医師や看護師ではなくそこで働いている医学生なのかなと。自分もいろいろな治療の「事例」を知っているので、多くの人はこういう「心がけ」を引きずって医者になっているのかなあという感じです。

 で、会食のほかはやはり接待系でのクラスターが多い(最近は施設系も多いですが、以前書いたように自分はこれはもう今の状況では、ほかのケースと比べると制御は困難だろうと思っております)わけで、そこに絡むのはやはり酒になると思うのですが、自分は「酒は百薬の長」は、適量はいいとも言いますがそれは全体から考えると微々たるもので、基本的にはそれ以上に、薬は薬でも麻薬と思うべしと考えています。その理由が、またまた登場しますが中国古典によるもので、酒職人が大昔皇帝に献上したところ最初のうちは喜んで飲んでいたが、やがてこれは身だったか国だったかを亡ぼすものだということで作ることを禁止したが、職人は秘密裏に作り続けたという話があります。つまり酒が昔からそれだけ危険なものであるという認識はあったという証拠だと思うわけです。そして兵法書をはじめとした思想書の多くに、相手の本性を調べるのに有効な手段としてほぼ必ず、酒を飲ませるというものがあるんですね。自分の場合は体質的にダメなので、この手段は自分には幸いにも通用しないということにはなりますが、それだけ昔からお酒は一種の危険物扱いだったといえるのではないかと思うわけです。三国志で一番の事例はおそらく孫権かなと。三國志14ではセリフの中に「酒だな?」「宴会だな?」があるらしく(あちぇさんの動画による)自分は聞いたことはありませんが、実際『三國志』を読んでいると、呂蒙も含めて大変だったろうなあと。まあ、孫権も気の毒ではあるのですがね…先代はどんどん死ぬわ、サポート役もどんどん死ぬわでは心のダメージは大きいでしょうし。特に呂蒙の場合、『三國志』に書かれたことをそのまま受け取ればどれだけ信頼していたか(また親しく思っていたか、とも思えるような気が自分はしています)を考えると、魯粛の跡を継いでからあれほど間もなく亡くなってしまうときつかったのではないかなと思います。孫家の場合はおかれた立場が結構微妙でしたので、そういう中での呂蒙の存在は、孫権にとって大きかっただろうなあと。無双では呂蒙は「昔は浴びるように飲んでいたもの(「だが、今では程よくたしなむのが一番」と続く。それってつまり…)」とか、お酒に誘うシーンとか、割と嫌いではない感の描写がぽろぽろありますが、実際はどうだったのかなあと思う時がありますね。大分ずれましたが、お酒はやはり、飲まずに済むことができるならそれが一番だと個人的には思うわけです。あちぇさんはライブで、「飲んだことがない」というコメントに対して「あの飲んだ時の気持ちよさは一度味わったほうがいい」と言っておられるのですが、知らぬが仏だというのが自分の意見です。

 というわけで、今回もイラストを…といきたいところですが、昨日今日と年賀状のイラストの仕上げとタブレット画の下絵描きに時間を費やしましたという報告だけで今回は終わります。ではこの辺で。