今朝は久々に零下でした。ただ年始の様に連続してマイナス4度ということではないので、台所にあるはちみつが固まることはないです。あの時はプラスチックのスプーンを差し込むのがなかなか大変でした。
あるお偉いさんが相変わらず、そして今回はやってまったなというくらいのストライク級の発言をして大騒ぎになっております。撤回するといったようですが、子貢のセリフではないですが一度言ったことは四頭立ての馬車で追いかけても取り戻せるものではないわけで。まあ、日本でいろいろ言っても「問題は(日本の)世論」で片づけてしまうような人なので、今度は世界でどんどん言っていただきましょうか。それでも「問題は(世界の)世論」で終わるのか。今回のような発言を聞くと、自分は『論語』の「女と小人は扱い難い、近づければ調子に乗るし遠ざけると文句を言う」(大雑把な訳ですが…)という文章を思い出します。それがどんどんエスカレートしていくのが儒教・儒学というわけで、おそらく某御仁も「しのたまわく~」と唱えつつ習ったことなのでしょう。ちなみに自分の時代は既に「しいわく」でした。ただ儒教・儒学は自分大嫌いですが、『論語』そのものは嫌いではないです。好きな話の一つが「思いついたらすぐ実行しましょうか」と、確か子路と冉有(間違っていたら後日訂正します)に別々に聞かれて、孔丘は子路には「父母がいるのだからまず相談しなさい」と言い、冉有には「すぐ実行しなさい」と言ったので、近くにいた別の弟子がなぜ答えが違うのかと聞いたら、「子路はイケイケで冉有は迷うタイプだから」みたいな返事をしたというものです。『論語』は思想書というよりは何というか「孔丘『一家』の生活記録」的な部分があって、ほほえましい話もぽろぽろあるので、これ自身はぜひ読んでもらいたいかなあという気がします。
その儒家を徹底的にたたき、おそらくそれも一因として一時期消された墨家の書『墨子』ですが、今の部分は今の部分でなかなか読みごたえがあります。まだ建築系統の話ではなく思想的な話で、これまでの「用語解説」ほど困難ではないですが、まあなんですか、なかなかパンチのある内容です。今読んでいる篇と次の篇はおそらくこの調子です。来週くらいから建築系の話になるのかなと。今のところ確実に言えそうなのは、『呂氏春秋』同様読んでおしまいではとてももったいない本であるということでしょうか。完全に理解しきれていないからというのもありますが、なんだか無性に読み返したくなる本であることは確かです。『晏子春秋』もそのうち読み返してもいいかなと思っております。というのもこの本は解説によると墨家思想に絡むという人もいるようで、ところどころ『墨子』の引用も見られたのですが、一応通し読みはすることになりますので、今読んだらまた味わいが違うのかもということで。ただ、それらに戻る前に一度『淮南子』を読んだ方がいいのかなあと思っております。というのが『呂氏春秋』にしても『墨子』にしても、解説にやたら『淮南子』がでてきまして、よくよく『淮南子』はいろいろな思想と絡むのだなあということで、ならばどういう感じでからんでくるのか確認してみたいなあと思っているわけです。一度解説書の時点でくじけております(とはいえ何とか読み終えてはおります)が、今ならどうかな。自分の記憶力との勝負にもなりそうです(汗)。
ということで、イラスト、全然手についておりません(泣)。たまにおしまいに載せるイラストに色付けをしても面白いのかなあと思っておりますが、金田一の骨格が「崩壊」しているので、少なくともそれを修正しつつとなったら…と思うとぞっとします。ちなみに描いたのはもう20年以上前になります。当時はGペンや丸ペンを使って描くこともあり、これもその1つです。今はペン先の手入れが正直面倒で使いませんねえ…。では今回はこの辺で。

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