大分騒がれていた線状降水帯、以前大水害をもたらしたものと比べると短時間で消えた(対馬のはすごかったですが)のと、割と今回の雨雲は移動が早かったこともあって、Yahooの河川水位情報をみると結構紫色(氾濫危険水位)になった川がありましたが、西日本や球磨川の時のような大氾濫は起きずに済んだといったところなのかなと。関東は少しでも冠水すると騒がれますが、地方は越水や氾濫がおきてもなかなかニュースに取り上げられない(自分が知った範囲ではせいぜい京都や滋賀の冠水、山口の美祢線の関連)ので、もしかしたら昨日の雨でも結構なことになっているのかもしれませんが。
一昨日から読み始めた本は、あと少しのところまで来ました。無理やり後漢の霊帝(最後の皇帝となる献帝の2代前)から「三顧の礼」、赤壁の戦い前まで読み通しました。この人は「三顧の礼」はあったとみていいと思っているようで、理由はのちに「出師の表」でそういっているからとなっていましたが、自分はむしろそれだから(というよりそれしか根拠がないから)どうなんだろうと思っている方です。今のようにSNSやインターネットがある時代でなし、「三顧の礼」の世代や人が「出師の表」を提出した当時周りにどのくらい残っているのかもわかっていないわけですからね…。「出師の表」は当時にとってはむしろ自分の功績の宣伝効果抜群(実際これはこの本の筆者も「自画自賛している」と書いています)の方法なわけで、どれだけ大切にされていたかのたとえとして「創られた」可能性もあるというのが自分の見方です。実際三顧の礼はなかった(むしろ諸葛亮のほうが劉備のほうを訪れて自説を解いて、気に入った劉備が雇用した)という説もあって、もう少しその方の根拠となる資料が出てこないものかなと自分は思っている次第です。その他もろもろ、自分の考えを後押ししてくれるような話がこの本には出てきていて、今日読む部分にもありそうなので、そのあたりはまた次回以降に。
で、イラストのほうですが、昨日は予定が大分変わって、スケッチで終わらせる予定だったものに色付けをしました。こちらには色付け後の色調整で一番気に入ったver.を載せます。
どこを変えたかというと、後ろ髪(増量しました)、衣服の肩のライン(少し後ろにずらしました)や手前の垂れている髪のラインなどです。これ、サブブログのほうではクイズにしているのですが、どれだけの方が解けたやら。どうしても髪のラインが気になって、デジタルで修正しているうちについでに色も付けてしまえということになったのですが、割といい感じに落ち着いたかなと。今日はできれば先日ケント紙に描いたもののうち全身と庵の一部を描いたものに色付け(これもタイプ的にざっと塗りになります)しようかと思っているところですが、確定ではありません。どれくらいで本を読み終わるかによるでしょうか。では今回はこの辺で。
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