あれから、先日紹介したストーリーと、その後始めた新しいストーリー(1575年スタート)を終わらせました。最近は最後まで戦いを進めるのがいい加減面倒になってしまったので、正一位エンディングにしてしまうことが多いです。これにするとあまり300年泰平エンディングにはなりませんが、半兵衛が大名でない場合はかまうもんか、という(笑)。最初のほうは外国侵略エンディング、あとのほうは100年泰平エンディングとなりまして、後者ははじめて織田秀信が大名になりました。多分幼名の三法師という名前のほうが通っているのでは。本能寺後秀吉が後継者として担ぎ上げた人物です。okamel知らなかったんですが、この人は25歳で亡くなっているんですね。半兵衛どころではない若死にです。結構時代に翻弄された人物のようです。太閤立志伝Ⅴはバグが多いことで知られているようですが、秀信が信忠のあとを継いだときもそれがあって、半兵衛が「ついに若殿が足軽大将か…」とつぶやきました。足軽大将ではなくて大名では??
今回もうひとつ発見したといえば、武田が滅んで徳川が生き残っていても必ずしも本能寺は起きないということ…今回は結構まともに(?)武田が弱まって徳川が生き残ってくれた(しかもそこそこの強さで)のに、本能寺が起きませんでした。どうも徳川がだめならということで武田が上杉の領土を侵略していったようで、そのためか武田が滅んだとき本拠地が躑躅ヶ崎ではなかったんです。それが原因かと。おかげで秀吉が延々1605年くらいまで、しかも秀信が大名となったために国主のまま生きてしまったので半兵衛の貢献度がぜんぜん伸びず、秀吉死後は秀信が何も主命を半兵衛に与えないので半兵衛は自分の城を増やすこともできず、それがために配下に仕事を与えたくても殆ど何もないという、かなりつまらないエンディングとなってしまいました。半兵衛に対してだけではなく、どの国主に対しても主命を与えていなかったようで、秀信はどうも国取りには興味のない人物という感じを受けました。そういえば秀信が配下になった回でも修行させても武芸系の物はぜんぜん身につけようとしなかったような。
信長と秀吉をトップとして比べた場合、どうも信長のほうが貢献度は上げやすいかなと…まず秀吉はあまり合戦をしたがらない。合戦をして城を得ても(国主となったら攻め取った城は自分のものになる)信長に返してしまう。末期になると本当に何もしたがらなくなるのでいい加減腹が立ってきます。反面信長は理由があろうがなかろうがどんどん他大名の領土に攻め入っていくので勲功を上げやすいし、大名という身分上仕事対象になる城はいやというほどあることから、身分が上なら城の補修や開墾といった勲功を上げやすい仕事をかなりすることができるようになるのでこれまたいい。大名と国主の差、与力と部下の差によるものなのかもしれません(与力として配下になると家老になれるが部下として配下になると家老になれないという変なシステムがある)が、本能寺が起きない限り、これ以上秀吉の配下として半兵衛を働かせるのはちょっとかわいそうになってきました。そろそろ主人公を変えてみようかなあ、と思ったり。少なくとも秀吉でプレーしたいとはぜんぜん思えなくなりました。正直、最近城主の時の秀吉の顔は見たくもなくなっております(笑)。
では今回はこの辺で。そろそろイラストをあげないといけないなあ…
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