18.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その3

 お墓から名残惜しみつつ立去った後、菩提山城址に行きました。駅で手に入れたパンフレットによると、ハイキングコースが整備されていると言うことだったので、それならば楽に行けるかもと思い込んでしまったんですが…とんでもない、少なくともokamelには立派な登山でした。確かに道はあるんですが、傾斜がけっこう急なうえに、この季節ですのですごい落ち葉だったんです。だから足元にも可也気をつけないといけない。帰りは特に危なくて、okamel2度ばかり滑りました。前日あまり睡眠時間が取れなかったことと普段の運動不足もたたってか、途中足が殆ど動かなくなり、貧血の発作らしき症状にも見舞われました。でも、強い目的があると言うのはすごいもので、絶対に登るのをやめようとは思いませんでした。何が何でも、半兵衛ゆかりの城址に行くんだという思いだけがokamelを動かしていたような気がします。実は山への入り口に、「熊出没注意」という看板もありました。それでも、普段の生活で雷に打たれて死ぬよりも菩提山で熊に襲われて死んだ方が何十倍もましだと本気で思いましたからね。自分にもこんな底力、あるんだなあと。で、頂上付近にはこんなすごい倒木が…

写真ではそれほど大きさは感じられないかもしれませんが、実際には手前の倒木、身長186cmの夫でもまたげないくらいの大木です。それを越えた先に待っていたのが、この素晴らしい垂井のまちを一望できるところでした。

そして今城跡に残っているのは、この看板。

写真をクリックしていただいて、リンク先でさらにクリックすると十分看板に書いてある事が読める大きさに拡大されますので、興味のある方はクリックしてみてください。okamel恥ずかしながら、これをよむまで半兵衛は菩提山城生まれだと思っておりました。記念撮影をし、無料で使用できる望遠鏡で暫く町を見た後、山をおり、駅へと向かいました。すべてが記念ということで、このようなありふれたものも写真に撮ったわけですが…

そう、垂井は関ヶ原の隣なんです。そしてもしこのブログを読んでくださっている方の中に、新幹線で岐阜羽島-米原間を通ったことがあるという方がいらっしゃったら、貴方は既に半兵衛ゆかりの地を通っていることになるんです。東海道新幹線は垂井町を通っております。ともあれ、やがて来た電車にのリ、大垣乗換えで岐阜に向かいました。垂井を発車してすぐくらいに車窓から撮った菩提山方向の写真(写っている山は多分菩提山とは違うと思います)がこれ…

本当に名残惜しかったです。垂井-いつまでも忘れたくないところです。そしていろいろと案内してくださった親切なタクシーの運転手さんには本当に感謝です。
 次回は岐阜について書こうと思います。今回はこの辺で。

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