18.8.09

いろいろ見えてくる

 先ほど、昨日のネプリーグの中にだったかに入っていた映画のコマーシャルにちょっと惹かれてしまいました。「火天の城」といって安土城築城に関する、大工を中心とした映画の様で、余り武将は出てきそうにないので映画を見に行くことはないと思いますが、結構珍しいテーマかもしれません。
 さて、現代語訳の名将言行録を読んで面白かったのは、一番にまず黒田官兵衛の記述ですかね。okamel、あの肖像画を見てどうも秀吉の言うような空恐ろしい人物には思えなかったのですが(むしろ本多忠勝の肖像画のほうが数倍怖い(笑))、晩年特にそうだったのかもしれませんが面白いというか好々爺というか、なかなか魅力ある人物だったようです。まあ、秀吉がそう思ったのはひとつは若い頃の官兵衛がそうだったのかもしれないということと、もう一つは秀吉自身がそこそこ疑り深い性格だったのかもしれないということですね。半兵衛の項目では、半兵衛は三木城攻略が終わったら出家したいと思っていたらしいということが書いてあるんですが(実際には攻略中に死亡)、それもやはり秀吉の猜疑心から逃れるためだったのではということが書いてありましたし。このあたりは秀吉の項目を読むともう少し見えてくるのかもしれません。
 で、一方の半兵衛、以前現代語訳を何度か読んではいたんですが、今回改めて読んでみて、何というか、すごく武士であることに対するこだわりがあった人なのだなあと。風貌が当時では武士らしからぬものとされているものだっただけに、気概は人一倍武士たらんとするところがあったのかなと。あと、官兵衛と比べると当主だった期間が短かったからか(父親の後をついで数年で稲葉山城を奪い、返したあとさっさと親族に城を譲って事実上隠居しています)、人を統べることは余り言っていないというか書かれていないというか。別の本では半兵衛の統治にあたっての教えは羽柴秀長や黒田官兵衛・長政親子に受け継がれているということが書かれていたんですが…。ともあれ、なんだかすごく孤高の人のような感じがしてきて、ああいった形の最期は本人にとってどうだったのかなと重ねて寂しい思いが残った次第。もう少し涼しくなってきたら、イメージがいろいろわいてきそうです。今はまだちょっと無理ですね(苦笑)。でもそうこういっているうちに9月11日は来るんだな(汗)。

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