12.11.09

無難なところでした

 また少し肌寒くなってきましたが、もう11月も半ばですし、あちらこちらにクリスマスやお歳暮のコーナーがあるくらいですし(お節のカタログもあるし)、これが普通なのでしょうか。最近暖冬やら何やらと季節的なものがむちゃくちゃなので、何が普通かわからなくなってしまいました。
 さて、昨日「名将の決断」シリーズの半兵衛さんの巻を買い物ついでに購入してきました(スーパーの建物の2階に書店があります)。本当に稲葉山占拠のところに絞った感じ。okamelが以前書かせていただいたいろいろな占拠のきっかけが全て書かれていましたし、無難なところに落ち着いていたような気がします。ただ半兵衛さん自身の人物略歴を見るなら、変な話ではありますが黒田官兵衛の巻を買ったほうがいいような気がしました。
 このなかでは半兵衛さんは「イケメン」と書いてあるページもありましたが、あの銅像の写真もあるものですから、当時のイケメンとはあのような顔だったのかと思われそう…。そもそも銅像でスマートな顔のものってあまりないような気がするのはokamelだけですかね。山中鹿之介の銅像も顔が鬼瓦ですし(!)。せいぜい信長の銅像くらいですかね、okamelが見てきてまあスマートかなと思えたのは。あと伊能忠敬の銅像もそこそこスマートな顔でしたか。こういったことについては、以前材質の関係でどうしても妥協せざるを得ない部分があるのだという話を聞いたことがあるような気がします。それはさておいて、半兵衛さんの顔かたちについてこれだけいろいろ言われるのは、きっと最近「容貌婦女の如し」の解釈がさまざまある証拠ですね。加えて、以前『武功夜話』では半兵衛さんは背が高かった(これもこの雑誌の黒田官兵衛の巻に紹介されていたこと)とあるのですが、この巻では「小柄」となっている…どっちなんという感じ。もともと当時の平均身長は今より低かったようですが、他の本によると背の低かった秀吉から見たら半兵衛さんが背が高いように見えたということなのではという話なのですが、『武功夜話』の筆者は前野長康であって秀吉ではない…長康も背が低かったというのなら話は別ですが。ちなみに先日菁莪記念館で鎧の複製を見た限りでは、okamel並みかそれより少し小ぶり(?)という感じでしたか。okamelは写真で見ていただいてお分かりのように少し恰幅が良いので(笑)、あの鎧は少し小さいような気がしました。
 その雑誌の中で当時の武将は『史記』を読んでいたとあったので、今ある本を読み終わったら今度は『史記』に移ろうかと思います。『十八史略』は学生時代に読破しています(但し徳間の抄本でですが)が、『史記』はまだなので。張良のこと、もう少し知ってみたいし。

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