26.10.20

細かいのもほどほどに

 昨晩『春秋左氏伝』はB.C.499年に入りました。なので晏子が亡くなった(B.C.500 年没)ということになるのですが、不思議なのが晏子が批判しまくっている梁丘據がB.C.500年の魯との会議に出てきていること。この会議については本によって記述がばらばらなのでどれが正しいんだという状態なのですが、 この梁丘據、『晏子春秋』では晏子より先に亡くなっていて、景公(当時の斉の君主で二人の主君)が彼のためにしようとしている葬儀について、晏子が景公を批判するという記事があります。二人ともB.C.500年に亡くなっているというなら正しい可能性もあるのですが、さて。

 昨日は思ったより片づけに時間がかかりました。おかげでどれだけの「たくわえ」があるかもわかりました…遠慮なくどんどん描けます。整理していると、いろいろな懐かしい水彩紙が出てきました。ニューケント紙やケナフ紙の葉書箋は、今はもう手に入らないはずです。個人的にはケナフ紙の葉書箋は安くて丈夫だったので好きだったのですが、どうも自分の好みは世間と離れているようです。前回書いた様に自分はワトソン紙は好きではないのですが、一般的にはかなり人気の部類のようですし。ともあれ、いろいろな「発掘」があった一方で、見つけたかったボタニカルケントがどうしても見つからなかったので、暇暇に探し続けてみるつもりです。

 合間に休みがてら孫策プレイの動画を見たのですが、どうもこのゲーム、相性が変化することがあるようで、孫策と周瑜の相性がいくらか悪化したっぽくプレイヤーさんもどうしたと驚いておられました。いろいろと細かいのはいいですが、ここまで細かいとちょっと戸惑いますね。少なくとも三國志13の絆プレイすらわずらわしかったまこなこさんには明らかに向きそうにない気が…。プレイ中どういうことをしたかで新たな特性が加わることがあるようで、それが影響しているように見えます。実際、先ほど呂蒙について見ることができたので、確認したら以前の3つに加えてcreativeがありました。ついに月英要素が加わったか(違う)。KTのエンパ系や太閤立志伝Ⅴでもプレイの進展によって重視項目が変わったり性格が変わったりという似たことはありましたが、いやはや。それにしても本当にこの方はなかなか呂蒙を戦場に出しません…これがこの方の一連のプレイ動画での一番の不満ですね。なので呉が大きくなってよい地位を得る(国のランクによって任命することのできる役職数が違う)までは、他の呉の重鎮たちと比べるとなかなか育ちませんでした。戦場に出すとはいっても、さすがに一騎討ちをさせたいとは思いませんが。

 イラストは結局、先ほど書いたように紙の整理に時間がかかったので何もできませんでした。ただ水彩用の紙とタブレット画の下描き用の紙はわけることができたので、その点においては効率がよくなるかなと思います。あとはとにかくイメージ、イメージ(または妄想とも言う…(汗))…。では今回はこの辺で。

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