ラベル 城 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 城 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

25.5.21

資料が、資料が

  最近あちぇさんの信長の野望戦国群雄伝のプレイ動画を見ていますが、相変わらずの委任好きのせいで最初のころは苦労されておりました。具体的に言うと、委任した君主が勝手に侵攻してしまい、取った土地を攻められて取り返されの繰り返しになってしまっているという状態でした。確か少なくとも最新作の大志は、委任の城主に侵攻不可の指定ができたはずなので、こういうことは起きないと思われますが、まあ戦国群雄伝は3作目で初めて配下武将が出た作品ということでもありますし、そちらで手いっぱいでまだ今と比べると不自由なところもたくさんあったのだろうなあと。あと、あちぇさんがもともと理系畑の方ということもあり、戦国時代の知識がいまいちなためか、有名武将の知識が不足していてどの武将をより大切にすべきかがわかっておられていない御様子(細川藤孝や馬場信房など)。自分もETS2であちぇさんがシステムやプログラム系のお話をされていてもさっぱりわかりませんので、同じようなものなのでしょう。それでも小田原城は知っておいていただきたいところですが、大阪の人にとってはお城と言えば大阪城なのでしょうか(あちぇさんは生まれも育ちも大阪だそうです)。

 たださすがあちぇさんなのが、天敵と違って行動力不足でゲームオーバーは1回しかないということですか。天敵はSTEAM版で確かやっていて、システムがあちぇさんのPC88版とは若干異なるっぽいので、一概に天敵のせいと言い切れない部分もありますが。そのあちぇさん、今年跡を継ぐ形でなんと会社の代表になられたっぽく、現代版サクセスストーリーだなあと。ETS2や過去の動画ライブでのご本人の話を聞く限りではかなり転職を重ねられたようですが、それも生かされているようで、やはりある程度の多種多様な経験はあった方がいいものなのだなあと。

 今落書きで王火と我が神に「漫才」をやらせているのですが、その配置やポーズの参考になるものが欲しくて、二人ポーズ集のようなものを探してみましたが、昔買ったような戦闘ポーズ集のようなものが今は殆どないなあと。今は適当なものは過去自分が無双プレイで撮った動画である程度の参考になるものは探せますが、当時は本当に本頼りでした。結局、昔持っていた二人ポーズ集の改訂版のようなものがあったので、それを買うことにしました。モノクロがカラーになったほかどのような変化があるのかなと。レビューを見ると男性の背が低いとあったのですが、175cmということであればそこそこで、むしろ女性の身長が165cmある方が現代では高い部類なのではと。ともあれ、二人の立ち位置的なものの他、若干小さ目ながらもひじのつき方や手の形なども参考になりそうなので、到着が楽しみです。それにしても、二人のセッティングというと今は何でしょうね、BLものが多いようで、Amaで検索したら何この整いっぷりとポカーンでした。

 ということで、この後は例の日に向けてのものと、モノクロで仕上げたい予定のものと、どちらを手掛けようかというところ。前者ならまず下描きを確定させないといけないのですが、上記のものとは別に購入した二冊の本の到着を待ちたいような気も。一冊は今日来ましたが、もう一冊は明日到着するので、今日はモノクロのほうにしようか…。では今回はこの辺で。

19.10.09

いよいよ決行へのカウントダウン

 ついに今日、関ヶ原・垂井・岐阜そして長浜の旅の日程を決めました。そして切符を買ったりホテルを予約したりしたついでに、以前より気になっていた目の治療のため近くの眼科に行きました。結局思っていた通り霰粒腫というものもらいの一種。うつるものではないので夫は大丈夫(そもそもタオル類も共有していませんし)ですが、今日は一応注射で腫れが引くかどうか見ることに。これで引かなかったら切開だそうです。okamel生まれてこの方どこも切開されたことがないのでちょっと「…!」です。今のところ以前よりはかなり楽になっているような気はしますが。ここ1、2日はちょっと(別の意味で)腫れるとのことですが、針穴が小さいので顔は普通どおり洗えるそうです。
 で、でたついでに書店によって『殿といっしょ』の4巻は出たかな(この秋出る予定)と見に行ってみたのですが、まだでした。遅れるのかな。そのかわりに城に関する雑誌を見つけました。そのうちの1冊は岐阜城について紹介されていてもう1冊は今度いく長浜城について書かれていたので、2冊とも購入。岐阜城のほうは最初迷ったのですが、岐阜城紹介のところ(この雑誌は1冊に複数の城が紹介されていて、その巻はあと安土城と清洲城が載っています)の3コマ漫画、半兵衛さんののっとりに絡んだものだったのですが、大した落ちではないようなのに妙にうけてしまったので買った次第…どのような漫画かは立ち読みしてみてください。
 あともうひとつ、以前紹介させていただいたあの朝日の漫画雑誌の卑弥呼の巻が出ていたので、これも見てきました。思ったよりかなり薄い。そして漫画の量も少ない。これだと秀吉の巻で半兵衛さんが出てくるかどうかはちょっと微妙なところのような気がします。付録としてカードがあるのですが、そこに描かれているかどうかも微妙…。買う前に要立ち読みという感じです。
 さて、あとは準備。体調も整えておかないと結構きついぞ…

11.8.09

この盆は城特集になるのか…

 ここのところお城のことばかり書いておりますが、今日もそうなります…
 いや、今ニュースを確認してびっくりです。東海の地震。震度6弱は久々の規模ではないでしょうか。先日沖のほうを震源としたM6.9の地震があったのでなんだかいやな感じはしたんですが…そして直撃する見込みはないものの、よりによって台風も近づいているし…
 そして今見つけたのがこちらです。

http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/?1249953076

 okamel駿府城址には行ったことがありませんが、地震で石垣が崩れると言うのはよほどではないかと。阪神・淡路大震災の時に姫路城や大阪城の石垣がどうなったか覚えておりませんが、これは結構大きい崩れなのでは。okamel最初この写真のタイトル「崩れた石垣」を見たとき、先日のニュースのこともあったので「すわ名古屋城か」と思ってしまいました。木造に立て替えたときこういった大きい地震に耐えられるのでしょうか。勿論コンクリだから壊れないと言う保証はないですし今は建築基準法もありますからその辺りはちゃんと考えて立てられるとは思いますが…。
 結局今年も災害がいっぱいの年になりそうな予感…考えてみたら、あと5ヶ月弱なんですね。ちょっと気が早い?

10.8.09

これもなんというか

 今朝までざんざん雨が降っていた当地ですが、今はまあさんさんとお日様が…。台風9号、台風に変わったら直撃するかなと思いきや、ぐいっと東に進路を変えるし…晴れの国の底力発揮?もっとも北部は昨晩の雨で大変なことになりましたが。一方で今朝はokamel、間違い電話で起こされるし、仕方なくそのままおきたらPCが変になっていて直すのに2~3時間かかるしで、散々でした。
 さて、ここのところ城ネタが続いている当ブログですが、そういう時は何かが呼び寄せるのですかね、こういうニュースが…

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090810-00000007-maip-soci

 木造は木造で管理が大変だと思いますが…でも確かに木造にはコンクリにはない味がありますし…。難しいところですね。図面などが残っているというのにはびっくりでした。よく戦災を免れたものです。
 こう城のことばかりかいていたら、またぞろどこかお城に行きたくなってきてしまった…その前に関ヶ原に行きたいな…でも以前行ったとき真夏で、どえらい思いをしたので、今はちょっと遠慮しておきたいかも(苦笑)。

9.8.09

またどっぷりになるきっかけが…

 今夕飯を食べながら昨日ビデオにとった美の巨人たちを見ました。寸劇、雰囲気を壊さない程度のものがありました。okamelお気に入りのゲームのひとつである太閤立志伝Ⅴでは、加藤清正は最初築城技術が余り高くないのですが、修業させると一気に伸びます。なぜかなと思っていたのですが、理由がちゃんとあったんですね。熊本城は勿論ですが、姫路城や名古屋城も清正が関わっているらしいです。okamelが過去読んだ本の中(子ども向けですが)には、半兵衛は賤ヶ岳七本槍を教えたと書いてあるのもあり、清正もその一人ですから、築城について多少聞いているかもしれません。実際半兵衛、菩提山城を父親と造ったそうですし、その城は結構なものだったそうですから、半兵衛自身も相当の知識はあったものと思われます(そして余談になりますが、長浜の城はどうかわかりませんが、街づくりを担当したのも実は半兵衛らしいです)。気分はまたあの時代と言う感じです。以前載せたかどうか忘れましたので、その菩提山城址の看板の写真を載せますが、拡大したのをここに載せてもぼけるので、読みたい方はすみませんがリンク先で拡大して読んでください。-ちょっとずれましたかね(苦笑)。流れを清正に戻します。ともあれ、築城について話を聞いていたとしても才能がなければどうにもならないわけですから、清正もやはり才能があったということでしょう。
 朝鮮の役のために晩年は歳のわりにかなり老け込んでいたそうで、関ヶ原戦後も秀頼を一生懸命補佐した清正ですが、そのために家康に毒殺されたのではと言う説まで出る始末です。真偽のほどはさておき、有能であったがために家康に警戒されてという流れからすれば、そういう説が出ると言うことは清正と言う人物が如何に優れていたかの証拠でもあります。領民思いでもあったそうで、西南戦争で焼け落ちた城を復興させよう(そして今も再建中)と立ち上がったのは熊本市民だそうです。スザンヌ(熊本出身)が以前教科書の人物古今東西で清正の名を上げたのもそれだからかも。
 ここで清正のイラストがあれば完璧なんですが…あまりokamelひげのある人物って描かないんですよね(苦笑)。実はだいぶ前に若いころの清正のイラストをこのブログに出したことはあるんですが、ここに出せる代物では、ちょっと。近日中にトライしてみます。

看板の写真↓

8.8.09

お城

 こんなシンプルなタイトルも、たまにはいいかな。
 今日の美の巨人たちは、加藤清正の熊本城でした。今回はしっかりビデオにとったので後日ゆっくり見ようと思います。また寸劇、あるのかな(前回の屏風のときは光秀・信長・秀吉の寸劇がありました)。okamelいろいろとお城に行ってはおりますが、熊本城はまだ行ったことがありません。夫は一人で行ったことがあるのに…良かったそうです。ちなみにokamelがいった事のあるのは五稜郭、仙台城、会津若松城、江戸城(新年の一般参賀で)、小田原城、金沢城(址?)、墨俣城(と言っても実は大垣城の天守を模したもので、実際建てられていたものとは違うんですが)、岐阜城、長浜城、彦根城、名古屋城、二条城、伏見桃山城、大和郡山城、大阪城、姫路城、岡山城、広島城、萩城(址)といったところ(おっと、菩提山城跡も入れないと!!)。仙台城は昭和62年の大河ドラマの政宗のブームのときにに行っていて、当時はまだ白石城はありませんでした(石碑の大きいのがあって、確か石垣程度が残っていたのだと思います)。彦根城は運悪くちょうど修繕工事の真っ最中でした。それぞれ趣があって本当に面白いです。忘れられないもののひとつは、名古屋城内には城に関するいろいろな写真が展示されているところがあったのですが、その中にあった空襲で名古屋城が燃えている写真ですかね。広島城のように一瞬にして吹っ飛ぶのと、どちらがよりショックでしょう。okamelの習った日本近代史の教授によると、広島城が残っていたらもう少し近代史(幕末)の研究が違っていたかもということです。多くの貴重な史資料が失われているらしいです。いろいろな意味で、戦争って本当…。

20.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その5

 天気はいいですが、相変わらずの寒さです。あの垂井や岐阜の少し汗ばむくらいの暖かさは、本当になんだったのでしょうか…
 さて、もう少し金華山のふもとでの話が続きます。昨日少し触れた公園には、このような信長の若き日の銅像もあります。

半兵衛の銅像とは静と動といった感じで好対照です。金華山のふもとのロープウェー乗り場で、初めて御みやげ物を買いました。垂井でも勿論買いたかったんですが、御土産やさんがなかった…まあ、極端に観光地化していない分、ほっとしたという部分もありますが。で、何が驚いたって、10年くらい前に来たときより、飛騨名物(岐阜は美濃ですが、同じ岐阜県ということででしょうか)さるぼぼのヴァリエーションがむちゃくちゃ増えておりました。okamelもその日の夜と翌日高山駅で少し買いましたが、癒し系なんでしょうか。どんなものを買ったかは後日写真をupします。でもここでの一番の収穫は、竹中家の家紋の入ったキーホルダー。正直、これが唯一今回の旅行で竹中半兵衛の何かが入った御みやげ物です。早速今使用中。ここで先に何故買い物をしたか…実はロープウェーが出たばかりで、15分おきに出ているものですから、他に仕様がなかった…。ちなみにロープウェーから見た風景はこんな感じでした。

 ふもとの駅から頂上までの様子をビデオにとりましたが、まだ投稿サイトにupしておりません。そちらにup次第、ご紹介しようと思います。
 結局頂上に着いたのがお城とその傍らにある資料館の閉館30分前、しかもロープウェーの駅と城までは徒歩約10分くらいあるものですから、大急ぎでした。その道すがら、このようなきれいな紅葉を見ることができました。

両方ともそれほど大きい施設ではなかったので、すべて内部を見ることはできました。岐阜城の中にも半兵衛ゆかりの兜(半兵衛が考案したと言われる一の谷の兜)や最近の人が描いたと思われる肖像画があったんですが、どうもこれもいかつい…で、頂上からなつかしの垂井方向(お城に書かれている掲示板どおりで行けば多分そう…)を撮った写真がこれ。

 結局ふもとに戻ったのが5時過ぎだったため、山のふもとにある歴史博物館にはいけませんでした…今度一人で行くときは絶対に行きたいと思います。多分地元でしか買えない書籍があると思いますので。
 これで1日目の行程が終わり、ホテルに向かったわけです。夕食なし朝食付きのビジネスホテルという、これもokamelの旅ではありふれたパターンなので、夕食は駅ビルの中のレストランでとりました。夫は味噌カツ定食(何せ名古屋が近いですから)、okamelは梅おぼろうどんを食べたんですが、このときほど梅干がおいしいと感じたことはなかったです。ホテルに戻ってから、足の指の激痛が何かを知ることとなりました…両小指の皮が見事に○○○いたんです…今も絆創膏を巻いていますが、かなりひどい状態で、当分治りそうにありません。でもこれも、okamelには思い出のひとつ…
 明日は白川郷のことを書こうと思います、では今回はこの辺で。