ラベル 岐阜 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 岐阜 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

10.6.11

おこぼれに預かっていそうなものは

 昨日、ついに半兵衛さんのイラスト画1000の大台を超えました。いまだにアクセス数増加中…。いつもいつもではなくて、あるとき突然増加し始め、あるとき突然ストップするという不思議さなんです。半兵衛さんらしいといえばそれまで。
 で、それにあやかってというかおこぼれを頂戴しているというか、どうも別のものまでアクセスが増えている感じなので、見てみたところいくつか可能性のありそうなものをここにあげてみます。ひとつはこれ。



今年も卯年なので(こちらは12年前の年賀状用のイラスト)伸びているのか?でも海外では一部の国や地域を除いて十二支はあまり関係ないような。それから…



3年前の岐阜旅行のとき葉書箋に押したスタンプ。いつのまにか100を超えておりました。これに限らず旅行関係の写真は地味にアクセスが伸びている模様。物好きなことにokamelの入った写真もいくらかアクセルが伸びている模様(苦笑)。
 そしてこれ。



 頭隠して尻隠さずのすずめです。当時はまだ周りに結構な数の水田があったのですずめもたくさんおりましたが、一昨年あたりからアパートや個人住宅がどんどんその跡にできてしまったため、減りつつあるのが現実。それでもまだ見かけますが。ちなみに先日自転車に乗っていたら道路の真ん中に青鷺がいてびっくりでした。あと今も残っている水田からは、ここのところ蛙の鳴き声がすさまじいです。
 昨日もなんとか描きたかったのですが、いろいろやることがあったために1つだけ命日用のイラスト案のスケッチを描くにとどまりました。もう当日が近いので、そのときにまとめてご紹介ということにさせていただきます。ちょっとだけ、いつもと違うことをしております。命日の作品の時には新しい試みをするのがちょっとした恒例行事(?)なので。今年は何をやらかしてみるか。

29.10.09

関ヶ原・垂井・長浜紀行 5

 この次に行ったのが、菩提山城跡のハイキングコースのぼり口。実は山頂への道はokamelが去年両足の小指の皮がめくれながらも登った道とこの道と2つあるのでした。そして今回入り口に来たほうがいわゆるハイキングコースで、景色も眺められて険しいところも途中1箇所あるくらいなのだそう。住んでいるところが近かったらこちらの道を通ってもう一度山頂に行ってみたいものなのですが…
そしてここから撮れるのがこのような写真。この日は本当に雲ひとつない晴天でしたので…

 photo CIMG3348_zps58da4a60.jpg

この写真の真ん中あたりに見えるのが名古屋の駅らしいのですが、okamel名古屋駅に行ったのはそれこそ10年以上前(秀吉や清正のゆかりの史跡を歩いたことがあります)なのでなかなかイメージが思い浮かばず。そしてもうひとつここから見えるのが、「落人の里」といわれる地域。関ヶ原の戦いで敗れて帰ることのできなくなった西軍の人々(ある意味生き残った人が全員国に帰ることのできたのは島津軍くらいですから。とはいえ、敵前突破しておりますので生き残ったのは本当にわずかですけれども)が住んだ地域というのがありまして、それも写真には撮りました。さすがにそのままの氏では住めないので改姓して住んだそうです。
そして次に行ったのが南宮大社。日本の三大大社のひとつなのだそうです。残念ながら今順次修繕中で、今は2枚目の写真のとおり本殿の修築中でした。昔は結構式場もあったらしいのですが(運転手さんの息子さんはそこで結婚式をなされたそう)ですが、なくなってしまったそうで…。その大社まで行く道がまた細くて複雑で、おまけに下水工事(まだ下水の通っていない地域があるのだそうです。まあ、以前okamelが住んでいたところも最近までなかったですから)中で通れる道が限られていて大変でした。生垣を少しバリバリ言わせながら通ったくらい。運転手さんのお話ではこのあたりは空襲がなかったので、こういった道も残っている(これと同じことを、2日目に菁莪記念館を再訪した時案内してくださった公民館の当直の方が話しておられました)そうです。


 photo CIMG3540_zpsd6f3cb75.jpg  photo CIMG3541_zpsc82b74c9.jpg  photo CIMG3542_zpsc6359170.jpg  photo CIMG3543_zps26a86205.jpg

そしてこのあと、菁莪記念館へ。ちょうど展示物の整理を臨時職員さん2人がされている最中で、この日は午後からその関係であいていたそうです(!)。実はこの記念館、平日は14時から18時、土曜日は14時から21時、日曜日は9時から17時までというのが一応の開館時間なのですが、要は隣にある公民館が開いているときがあいているときという感じらしいのですね。また時間だからといって必ずあいているわけではなくて、しまっていたら時間内なら公民館に申し出てあけてもらう感じになるのだそうです。事前に申し込んでおくと館長さんが説明をしてくださるらしかったのですが、okamelそれを知りませんで、またその日は行事があったそうなので、お願いできず、ちょっとそれは残念でした。ただタクシーの運転手さんによると、話していただけるのはいかに竹中家が苦労して生き残ってきたかということのようで、実際関ヶ原でも幕末の動乱でも両方に人を置いたそうです。このあたりはokamelもう少し自分で調べてみる必要ありかなと(関ヶ原で知っているのは、少なくとも重門は最初西軍に属していたのが戦の前に東軍に変え、九州の半兵衛さんのおじの血筋の分家も同じように当初西軍だったのが東軍に変わったということ、そして幕末は幕府軍についたということなので)。で、その資料館は撮影自由だということだったので、いくつかとらせていただいた(その中にはとんでもないものもありますが、それが何かは秘密)中からここに数枚を。

 photo CIMG3355_zps97d165a4.jpg  photo CIMG3369_zpsc45b08e2.jpg  photo CIMG3370_zps11e87dca.jpg  photo CIMG3354_zps6d7fed33.jpg

3枚目は竹中陣屋があったころの模型です。また4枚目のお人形の半兵衛さんは昭和時代の作ですが竹中家所蔵の肖像画同様左手にお数珠を持っておられます。なんとも優しい表情なのでこれを見るたび(そして思い出すたび)うるうるしてしまいます。史資料が写しばかりだとおっしゃっておられましたが、確かにこの資料館の環境ですと原本の展示は厳しいところがあるかもしれません。でも資料という資料が、保存のためかもしれませんが基本的にゆかりも何もない一定の限られたところに集中してしまうというのも、okamel的にはどうかなという気がしなくはないのでありました。
そしてこのあとたるいピアセンターに連れて行ってもらってタクシーはおしまい。中は普通の図書館と資料室、そして歴史資料館がありまして、最初に歴史資料館を見て回りました。古代から現代までの歴史の中に半兵衛さんの特設コーナーもあります。他の方のブログによるとここも撮影自由だったということなので、okamelも一部とったものを載せます。

 photo CIMG3545_zpsa6f95bfd.jpg  photo CIMG3551_zpse2234a86.jpg  photo CIMG3557_zpsb016b175.jpg

2枚目のは一見してお分かりかと思いますが、竹中陣屋の建物のミニチュア(?)で、真ん中の画面で半兵衛さんの一生を秀吉が語る形式で案内するビデオを見ることができるようになっています。本当に素朴なビデオでした。また話し方もとても良かったです。鎧を着たまま亡くなっているというのが「!」という感じではありましたが、まあ。
そして資料館でいくつか本のコピーをとってセンターを出たのは18時前でした。資料を調べているとき小耳に挟んだのが、翌日は10人くらいが資料室に来て何かをする予定という話で、もしその日にきていたらゆっくり調べ物ができなかったかもしれないと思うと、これもまためぐり合わせかなと思わずにいられませんでした。で、でたときは外はすでにほぼ真っ暗。そのため駅までは近いのに思い切り道に迷いまして、結局岐阜に19時過ぎに着くことになってしまいました。懐中電灯がなかったらもっと困っていた(自転車のライトが懐中電灯兼用で、そのときも持っていたので、地図を確認するのに役立ったわけです)と思います。写真はセンター入り口にある垂井町憲章とセンター遠景(真っ暗なのでわからないでしょうが)、やっとの思いで(?)たどり着いた垂井駅からの夕暮れの写真、岐阜駅の前にあったライトアップされた信長の像(なんとなくスターウォーズの雰囲気(笑))そしておまけの泊まったホテルの部屋です。

 photo CIMG3562_zpsa5c177e4.jpg  photo CIMG3563_zpsa4b1c83d.jpg  photo CIMG3564_zpsa475d207.jpg  photo CIMG3567_zps5b5f0863.jpg  photo CIMG3568_zps59bf86d0.jpg

結局こういう時間になってしまったので、今回も岐阜の歴史博物館には行くことができませんでした。よほど縁がないのか。今後の特別展次第ではまた考えてもよいかなと思っておりますが。何せ再来年がまた戦国がらみですからね。
では次回は垂井2日目について書くこととなるかと思います。

21.10.09

秋の気にも誘われて

 朝晩と昼の気温がこうも違うと、服を選びますね…昨日垂井地方の気温を調べてみたら、当地とあまり変わらないみたいなのでその点は良かったですが。天気もよさそうだし、これもまた御加護と思えば…
 で、今カメラの準備をしていて、この9月のお墓参りの写真(いくつかの保存機器にはコピーしたのですが、とても消せません…)をふと見直したのですが、またぞろ寂しさがこみ上げてうるうる…ここであの曲を聴いたらそれどころではなくなりそうです。かの地ももうぶどう狩りの季節は終わったので、okamelが行った時以上に静かになっていることだろうなと思います。
 去年より1ヶ月早い(昨年は11月14日あたりに行きました)ので、まだ柿の実はできていないかもしれないし紅葉にも早いとは思いますが、ゆっくり風景を楽しんで来たいと思います。訪問地は最初に関ヶ原、そして垂井(資料館が午後しか開いていないため)で1日目は終了、翌日は前回いけなかった岐阜の歴史民俗資料館(で名前はあっているかな)に行ってから長浜で終了の予定。2日目はかなり時間の余裕があるので、もしかしたら多少の変更はするかもしれません。
 ということで、あさっては朝5時半おきの6時半出発予定でごそごそしなければなりませんので、明日から数日は更新ができません。次回は恐らく旅行報告記となると思います。

22日追記:そういいながらこういうことをします。あまりに高ぶる気を抑えながら何とか描いたのですが…



 不思議です。三木に行く前、ここまで切ない気持ちにはならなかったのですが…前回といい今回といい、垂井に行く前はどういうわけかものすごく切なくなります。このイラスト、よくよく見ると左目下に涙あとのようなものがありますが、okamelが描いたわけではありません。修正のため消しゴムを使ったら自然こうなってしまいました。

19.10.09

いよいよ決行へのカウントダウン

 ついに今日、関ヶ原・垂井・岐阜そして長浜の旅の日程を決めました。そして切符を買ったりホテルを予約したりしたついでに、以前より気になっていた目の治療のため近くの眼科に行きました。結局思っていた通り霰粒腫というものもらいの一種。うつるものではないので夫は大丈夫(そもそもタオル類も共有していませんし)ですが、今日は一応注射で腫れが引くかどうか見ることに。これで引かなかったら切開だそうです。okamel生まれてこの方どこも切開されたことがないのでちょっと「…!」です。今のところ以前よりはかなり楽になっているような気はしますが。ここ1、2日はちょっと(別の意味で)腫れるとのことですが、針穴が小さいので顔は普通どおり洗えるそうです。
 で、でたついでに書店によって『殿といっしょ』の4巻は出たかな(この秋出る予定)と見に行ってみたのですが、まだでした。遅れるのかな。そのかわりに城に関する雑誌を見つけました。そのうちの1冊は岐阜城について紹介されていてもう1冊は今度いく長浜城について書かれていたので、2冊とも購入。岐阜城のほうは最初迷ったのですが、岐阜城紹介のところ(この雑誌は1冊に複数の城が紹介されていて、その巻はあと安土城と清洲城が載っています)の3コマ漫画、半兵衛さんののっとりに絡んだものだったのですが、大した落ちではないようなのに妙にうけてしまったので買った次第…どのような漫画かは立ち読みしてみてください。
 あともうひとつ、以前紹介させていただいたあの朝日の漫画雑誌の卑弥呼の巻が出ていたので、これも見てきました。思ったよりかなり薄い。そして漫画の量も少ない。これだと秀吉の巻で半兵衛さんが出てくるかどうかはちょっと微妙なところのような気がします。付録としてカードがあるのですが、そこに描かれているかどうかも微妙…。買う前に要立ち読みという感じです。
 さて、あとは準備。体調も整えておかないと結構きついぞ…

19.8.09

引っ張ってきたいんだろうな

 どうもイラスト、加藤清正で引っかかっていけません。この人の場合は肖像画がどれも結構はっきりしているというか、特徴のある顔をしているので、okamelに言わせれば逆にイラストにしにくいんですよね…先入観ができてしまっているために。昨日話題にした黒田官兵衛も似たところがあります。半兵衛の場合は甲冑姿の肖像画と着物姿の肖像画との間にちょっと異なるところがあるので、そのあたり自由に発想できる(?)んですが。
 ところで、今これを見つけたんですが…

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0905/11/news136.html

 確かに政宗、福島というか会津に絡んだことはありますけれど、すぐ(小田原の役後)秀吉に会津の所領は没収されてあの氏郷に渡されるんですよねえ…その後もころころ領主が変わって…だからこれ、okamelとしては載せても別に問題はないけれど、ここまで大きくするものなのかなと思ってしまう。個人的には氏郷のイラストもほしいところです。福島といったら、やはりokamelは会津白虎隊。ただここがまた難しくて、福島の中でも郡山のあたりと会津若松は幕末敵対関係だったのでなにやら仲がよろしくないとか何とかと聞いております。ちなみに岐阜も、電車で人の話を盗み聞きしたところによると、大垣と岐阜は同じ県内というだけで関係が余り深くないとか…いろいろ複雑なものです。

16.7.09

うる、うる、うるうるっ

 昨日はあれから音楽編集ソフトを使って、EnyaのHope Has a Placeをピッチ変換してみました。原曲はH(B?でも確か"ハー"ですよね)メジャーなんですが、それをEフラットメジャーにしました。そうしたらなんと、エンヤの声が完全に女の子の声に変わり、すごいうるうるな感じになりまして…一番想像してはいけないものが想像されてしまうんです。ともあれこれで何枚かかけそうです。…あ、一応フツーな感じのものをです。今1枚だけ下書きはできていますが、もう少し下書きをためてからまとめ塗りしようかと。あまり溜め込むとこれがまた大変になるんですが…
 で、今日は今日で、朝方おきてEメールを確認したら、コーエーから何と新しい信長の野望(Windows版)予約の予告のお知らせ!今度は「天道」というサブタイトルなんですが、よ○みかと突っ込みを入れたくなるのはokamelだけでしょうか。これでまた新しい半兵衛のCGが手に入る…。okamelこのシリーズはほとんどプレーしたことがありませんが、CGが大変イラストの参考になるためキャラクターブックはほとんど集めています。今度はどうしようかな…。
 そしてそのショックに追い討ちをかけるように、先ほどTVを付けたら、何と関ヶ原の特集!関ヶ原、ああ関ヶ原、関ヶ原です。だってその隣は垂井…okamelにとっての聖地です。実際関ヶ原の戦い後、半兵衛の子の重門は家康に地元の人間ということで落ち武者狩りを任されているかどうかしております。関ヶ原駅には大きな看板まであるんです。行きたいよお…前回は垂井の資料館も行きそびれたし、岐阜の歴史資料館も行きそびれたし…行きたいよお。もううるうるどころじゃない、

うるうるうるうるっ

という感じであります…

23.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その7

 洗濯物を入れる網がいっぺんに2つ壊れたため洗えなかった洗濯物を、昨日買い物で網を買ったので洗える様になりました。なくても洗えないことはないですが、洗濯物同士が絡み合って大変なことになりますので。
 さて、続きですが。白川郷には2つ大きな駐車場があって、okamelたちが降り立ったのは野外博物館の近くにある駐車場でした。もう一つの駐車場はどぶろく祭りの博物館やお寺のあるちかくにあるんですが、殆どが民宿や御みやげ物やさんでした。okamelのおりたったところですと近くに食堂もありましたので、前日に登山で痛めた足で昼食場所に向かうにはもってこいの場所にあったといえます。食べ応えのある、いいそばでした。平たいうどんは今まで見てきましたが、平たいそばは初めて見ました。
 で、とてもこの野外博物館、全部いっぺんにはご紹介できそうにないので、今回は一部を。合掌造り民家園と言うんですが、掲示板の写真はこんな感じです。

パンフレットを見ながら書ければいいのですが、okamel園内を歩いている最中にどうも落としてしまったらしくて、それができません(泣)。で、園内にはこのような建物がたくさんあるわけです。これは水車小屋ですが…

一部立ち入りが出来ないものもありますが、殆どは内部の様子も見ることができます。この水車小屋の内部はビデオにとりましたが、まだupしていないので、後日機会がありましたら。あと、このような屋根の骨組みの模型もありました。

あと、このような碑もありましたが…

okamel、この歌を知りません。最近の歌手なのでしょうか?
次回は白川郷の残りと帰路のことをちょっとという感じになりますでしょうか。では今回はこの辺で。

20.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その5

 天気はいいですが、相変わらずの寒さです。あの垂井や岐阜の少し汗ばむくらいの暖かさは、本当になんだったのでしょうか…
 さて、もう少し金華山のふもとでの話が続きます。昨日少し触れた公園には、このような信長の若き日の銅像もあります。

半兵衛の銅像とは静と動といった感じで好対照です。金華山のふもとのロープウェー乗り場で、初めて御みやげ物を買いました。垂井でも勿論買いたかったんですが、御土産やさんがなかった…まあ、極端に観光地化していない分、ほっとしたという部分もありますが。で、何が驚いたって、10年くらい前に来たときより、飛騨名物(岐阜は美濃ですが、同じ岐阜県ということででしょうか)さるぼぼのヴァリエーションがむちゃくちゃ増えておりました。okamelもその日の夜と翌日高山駅で少し買いましたが、癒し系なんでしょうか。どんなものを買ったかは後日写真をupします。でもここでの一番の収穫は、竹中家の家紋の入ったキーホルダー。正直、これが唯一今回の旅行で竹中半兵衛の何かが入った御みやげ物です。早速今使用中。ここで先に何故買い物をしたか…実はロープウェーが出たばかりで、15分おきに出ているものですから、他に仕様がなかった…。ちなみにロープウェーから見た風景はこんな感じでした。

 ふもとの駅から頂上までの様子をビデオにとりましたが、まだ投稿サイトにupしておりません。そちらにup次第、ご紹介しようと思います。
 結局頂上に着いたのがお城とその傍らにある資料館の閉館30分前、しかもロープウェーの駅と城までは徒歩約10分くらいあるものですから、大急ぎでした。その道すがら、このようなきれいな紅葉を見ることができました。

両方ともそれほど大きい施設ではなかったので、すべて内部を見ることはできました。岐阜城の中にも半兵衛ゆかりの兜(半兵衛が考案したと言われる一の谷の兜)や最近の人が描いたと思われる肖像画があったんですが、どうもこれもいかつい…で、頂上からなつかしの垂井方向(お城に書かれている掲示板どおりで行けば多分そう…)を撮った写真がこれ。

 結局ふもとに戻ったのが5時過ぎだったため、山のふもとにある歴史博物館にはいけませんでした…今度一人で行くときは絶対に行きたいと思います。多分地元でしか買えない書籍があると思いますので。
 これで1日目の行程が終わり、ホテルに向かったわけです。夕食なし朝食付きのビジネスホテルという、これもokamelの旅ではありふれたパターンなので、夕食は駅ビルの中のレストランでとりました。夫は味噌カツ定食(何せ名古屋が近いですから)、okamelは梅おぼろうどんを食べたんですが、このときほど梅干がおいしいと感じたことはなかったです。ホテルに戻ってから、足の指の激痛が何かを知ることとなりました…両小指の皮が見事に○○○いたんです…今も絆創膏を巻いていますが、かなりひどい状態で、当分治りそうにありません。でもこれも、okamelには思い出のひとつ…
 明日は白川郷のことを書こうと思います、では今回はこの辺で。
 

19.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その4

 昨日から当地はものすごい強風です。そして寒い…。でも、この旅行中は風もなく雲もなく、気温は垂井を歩いた日は最高気温20度まで上がったくらいの陽気…その翌日も天気予報では6,7度くらい下がると言ったわりに暖かく、本当に天候に恵まれました。これも半兵衛様の御加護なのかなと思うとまたうるうるのokamelなのであります。
 では今回は岐阜のことを。大垣で電車を乗り換えて岐阜に向かったのですが、垂井で昼食をとる時間はなかった(1本電車を逃すと30分ありません)ので、岐阜のモスで昼食。okamelの一人旅の場合は昼食は殆どとらないんですが、今回はそういうわけにも行かず…。で、これが昼食後にとった岐阜駅。

かなり陽が傾いているようですが、実際は3時になったかならないかくらいです。で、向かったのはこちらのお城、岐阜城です。バスで金華山のふもとまでいって、そこからロープウェーで山の頂上までいけるんです。もちろん歩いて登ることもできますが、菩提山で十分山登りは体験したし、なんといっても閉館時間が迫っていたのでそれはしませんでした。で、バス停からとったお城の写真がこれ。

これはズームでとったもの。実際はですね…

こう見えます。この写真からも分かるように、本当に当日は雲ひとつない晴天に恵まれました。この山のふもとの公園では時節柄菊花展が開かれておりまして、それを見ながらロープウェー乗り場まで行くことに。場所が場所だけに、こういうのもありました。

公園一帯、菊の香りでいっぱいという感じでした。
次回は岐阜城のこと、そして分量によっては白川郷への道までを書こうかと思います。もしかすると久々に旅中で書いたイラストを載せるかもしれません。では今回はこの辺で。