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19.12.09

彼の地は銀世界か

 当地、昨晩零下になったようです。といっても-0.3度、かわいいほうか?
 で、サイトのニュースを見ていて新幹線が遅れたというのを発見したので、もしかしてとおもって気象庁のサイトを見てみたら、でた~、関ヶ原積雪23cm(今日13時現在)。気温は最低で-1.2度(今日朝8時)。岐阜でも最高20cm積もったとなると、お隣垂井もきっと銀世界…あのお寺も、半兵衛さんのお墓も雪をかぶっているのかなと…思い出すと切ないよお(涙)。雪をテーマにまた1枚描こうかな…
 全国のあちらこちらで雪マークが並んでも、当地「晴れの国」は多少雲があるもののいいお天気…少しは雪が見たいよと勝手なことを思ってしまうokamelなのでありますが。風は結構強いんです。だから山陰は結構な雪なのではないかなと思います。数日したら暖かさが戻るという話ではありましたが、この冬は結構雪が多くなるのでしょうか。お寺のことを思うと、程程に願いたいなというところです。

8.11.09

関ヶ原・垂井・長浜紀行 10

 今回は旅行で得たものの紹介になります。
 まずは関ヶ原でしたので、そこで得たもののひとつを。旅行記2で触れたスタンプ帳(?)機能付きの観光地図の裏面がこれです。表は地図になっています。



あとokamel的に面白いと思ったパンフはこれ。両軍の代表的武将の分析表もあるのですが、黒田長政の人望が2というのは「…」。それで官兵衛さん、晩年にあのような態度を取ったのかな(長政に人望がいくようにわざと荒れたそうです)。



そして関ヶ原歴史民俗博物館で得たのがこちらの数々。結局竹中系のグッズを手に入れることができたのは、禅幢寺とここだけでしたので、買っておいてよかったというか。右2枚はホルダーの両面写真で、よくよく見ると中に挟んである紙は和風印刷用紙が使われていました。



 もちろん関ヶ原合戦当時半兵衛さんはすでに亡くなっていますので、丸に九枚笹は重門ということで紹介されております。下に敷いているマットも購入したもののひとつで、現品限りにして最後のひとつでした。トランプはかなりこっておりまして、いわゆる絵札(J、Q、K、A)は主な参加武将の旗印になっています。重門さんもあります。
 それから今度は垂井で得たパンフ。昨年来た時と変わっているのに少々驚いたokamel。その2つを紹介しますが、まずはこちら。ちなみに左側が昨年収集したもの、右側が今年のものです。



半兵衛さんの銅像の写真が加わりました。そしてこちら。



今年のは折りたたまれてもいない…。それはともかくとして、どうも「北部」という銘うちがあるので、エリアごとのものに作り直したようです。あと昨年のものに載っていた半兵衛さんの甲冑を着たマスコットキャラが消えて、別のキャラクターに。このマスコットキャラは今はレンタサイクルでしか見られなくなっているのかな(その写真は旅行記6で見られます)。
そしてこちらが禅幢寺で購入できるもの。左が梅干で右が手ぬぐい。



梅干は、昔ながらの塩と紫蘇だけでつけたものですとおばあさんが教えてくださいました。今白米や雑穀米、そして時にはお茶漬けにして食べています。新書太閤記に、京で療養中の半兵衛さんを見舞いに来た秀吉に対して半兵衛さんがさりげなく席をはずして手料理を振る舞い、それを知った秀吉が料理にこめられたぬくもりに涙するというシーンがありますが、その気持ちが味わえるような気がします。そして手ぬぐいはこのような感じになっております。



内側を見せるように撮るとよかったでしょうが、かすかに内側にかぶとが見えるのがわかりますでしょうか。背のほうの家紋はおなじみ丸に九枚笹、そして下の水玉模様は竹中家のもうひとつの家紋である白餅(他の本によると黒餅ともいうようですが)で、これはお正月の残りのお餅を半兵衛さんが懐に入れて出陣したら、たまたま流れ矢がそのお餅に刺さって命拾いしたためもうひとつの家紋にしたと言う話があり、後にそれは黒田家と譲り合ったとか何とか聞いております。そしてこの模様にはもうひとつ意味があって、昔お寺で(だったと思いますが)餅まきの風習があって、それを表してもいるのですとおばあさんが教えてくださいました。
それからこちらは菁莪記念館を訪れたときに購入した、地元発行の半兵衛さんの伝記本。



地元ならではの温かみがあるという感じで、okamel好きです。終わりのほうにその後の竹中家と垂井に関しての話もあります。
 最後にこちらはたるいピアで購入したパンフ。過去に開催された特別展(常設展エリアの横に特別展示用の部屋が1つあります)のパンフが事務室で購入できるようになっていて、展示室内のカタログで希望するパンフの番号を確認して購入しました。これもまた地元でしか購入できない貴重な資料と言えます。



 長浜では時間がなかったこともあり、何も購入しておりませんが、資料パンフは収集しています。ただ本当に展示史資料の解説パンフなので、ここでは割愛します。
 ということで、ちょうど10と言うなんともきりのいい番号になりましたが(もちろん計ってこうしたわけではありません(笑))、これで今回の旅行についての記事は終わりとします。

27.10.09

関ヶ原・垂井・長浜紀行 3

 さて、何しろ朝6時半出発で(つまりその前に朝ごはんを食べている)この資料館を出たのが11時くらいになりましたので、流石におなかがすくわけです。で、ここがokamelのちょっと変わったところというか、okamel旅に出るとトンと食欲というものがなくなります。okamelにとっておなかがすくというのと食欲が出るというのはイコールではありません。おなかがなっていても食べたいとはまったく思わないことはごく普通のことなんです。で、今回も地図で確認する限り、岐阜や長浜を除いてはコンビニはそう簡単に見つかりそうにないという感じだったので、切符を買いにいったときに駅にあるマツモトキヨシでゼリー状のサプリメント2つと大豆バー2本を買って、あと前回の三木の旅で残っていたせりーサプリメント1個をもっていっておりました。結局これらと岐阜で買ったゼリーサプリメント1つがokamelの旅行中の両日にわたっての食料となりました。夕ご飯はホテルの1回にあるコンビニ、朝ごはんは宿泊プランについていたのでそちらを利用しておりますが。それで、博物館を出たとき、矢張り買っていた水とゼリーサプリメント1個を食べて、歩き回り開始。徒歩なので自然いくことのできる場所は限られておりましたが、やはり重門さんと長政の布陣したところは行って見たいと思ったので、その方向をメインに行くこととしました。時間に余裕があったら大谷吉継のお墓に行ってみたかったのですが、見事にど反対なので。
資料館の遠景およびその周り、そしてそのあと行った順番に写真を載せますと-

関ヶ原歴史民俗資料館
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田中吉正陣跡
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家康最後陣跡
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御霊神社(関ヶ原戦没者を慰霊する神社)
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黒田長政・竹中重門陣跡(狼煙台跡)
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藤古川橋の欄干等は、博物館構内の通路を挟んで入り口と反対側においてあるものです。そして田中吉正陣跡、徳川家康最後陣跡、関ヶ原戦没者を祀るお社そして長政・重門陣跡へ行って、関ヶ原駅に戻りました。長政・重門陣跡は、写真でそこから関ヶ原の遠景を撮った写真でもお分かりのように、ちょっとした山の上にありました(といっても前回の菩提山ほどではありませんが)ので、最初はうすくらい山道を行くことに(しかも本当にこの道でいいのか不安だったというのもある)少しためらいもありましたが、今まで熊やマムシをも恐れず突き進んでいったくせにここで躊躇してどうするということで、登っていった次第。それにしてもこれほど眺めのいいところに布陣できたというのは、二人にとってはどのような気分だったのかと興味のあるところではありました。
関ヶ原着9:36で出発12:51でしたが、資料館をゆっくり見て徒歩でこれだけ回ったら、ゆうにこれだけ時間がかかってしまうということなんでしょう。okamelそれほど歩く速度が早くありませんので。
では次回は垂井の旅1日目について書くことになります。

26.10.09

関ヶ原・垂井・長浜紀行 2

 では本日より、旅行記に入ります。
家をでたのは6時半、やっと日が昇り始めたかなというところ。まだちょっと肌寒かったです。

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で、それで新幹線の駅まで行ってひかりで米原まで。名古屋まで各駅停車でしたが、途中のぞみに抜かれたのは1回だけだったような気がします。そして米原で乗り換えて、関ヶ原へ。駅をでた途端、「あれ、前回きた時ってこうだった?」という気が。前回は多分10年位前に来ていたと思うのですが、そのときは目の前にレンタサイクルがなかったかなという気が…。でも実際には知りえた限りでは歴史博物館まで行かないとないようでしたので、関ヶ原は徒歩で回ることに。駅前の観光案内書には表が地図、裏が東軍・西軍の主な武将のスタンプが押せるものがありまして、その中にしっかり九枚笹もありました。以下の写真は関ヶ原駅とその周辺ですが…

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駅に着くといきなりこのような大きな看板がありまして、どちらにどのような武将がいてどれくらいの兵士を連れていたか等が書かれているわけです。これを見ると、重門さん、連れている兵士が随分少ないような気がするのですが…まあ他の将に比べてそれほど領地が大きかったわけでなし、これくらいなのかなと。で、駅構内のお手洗いの前にある碑とお手洗い。なんとおしゃれな。中には入りませんでしたが。そして駅舎とその横にある看板、博物館に向かう途中渡った橋から撮った写真です。

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歴史博物館まではそれほどの距離ではなかったです。で、入って入館料を払いそのすぐ横のミュージアムショップにちょっと目を留めながらふと展示室の入り口を見ると…いきなり半兵衛さんの銅像が!説明文は「東軍 竹中重門(関ヶ原合戦当時の関ヶ原村の領主)の父」となっておりました。銅像は垂井にある竹中陣屋跡にあるものの複製ですが、結構大きかったです。いきなりのお迎えにきゃああ~でしたね。そして中に入ると右に大きなパネルと戦の過程を紹介する音声案内が。そしてそれをはさんだ形で、矢張り当時の馬は今のサラブレッドより小さかったのだという実物大の図と実際に載ってみると高さのわかる台のようなものが。そしてその横になんと半兵衛さんが着用していたといわれる鎧のレプリカがあったので、スケッチしました(撮影禁止のため)。これで時間を食いまして、結局ウォーランドは今回行くことができませんでした。そして2階に行ったわけですが、その階段を上がった目の前にはこれまた他の武将のものと合わせて、ど真ん中に竹中の九枚笹の門の入った大のぼりが。どこまで攻めてくるんだ~とうるうるでした。2階は、今回は忍びのものが使っていたという道具の展示(企画展)と、鎧のレプリカ、そしてその隣の部屋は鎧の展示と両軍(傍観含む)の将の紹介(もともとどこの人で戦後どうなったか)のパネルがすらりと。よくよく見ると安国寺恵瓊さん、1階のパネルでは戦争当時の年齢が「70歳(推定)」となっていて、2階では「不詳」となっていました。これは生年がはっきりしていないからだと思いますが…。ちなみに長政は33歳、重門は28歳でした。
もちろんショップでは九枚笹の紋の入ったものをできるだけ買ってしまいました。これらは最終回に一括して紹介させていただく予定です。残念ながらこの博物館の図録はないということでした。
そしてまたえんえん歩いて跡地をめぐるわけですが、これは次回といたします。

25.10.09

関ヶ原・垂井・長浜紀行 1

 全身筋肉痛…というのも、okamelの場合は持ち歩く荷物の量が最初から半端でないためです。絶対に着換えはもって行きますし、本は今回も3冊(兵法書、禅の本そして半兵衛さんについての本。但し前の2冊は文庫)もち歩きましたし、スケッチ用の紙を入れたファイル、事前に準備した資料のファイルブック等々をリュックに入れて歩き回るのですから、ほぼ全身運動です。余談ながら、これが1週間ともなればもちろんもっとすごいことになるわけなので、昔サークルの合宿のときめちゃくちゃな重さの荷物を引っさげていったら、先輩に「女の子の持つ荷物じゃねえ」といわれたことが(笑)。
 今回はまずどれくらいこの旅行が忙しいことになったかを書くことに。最初はこのタイトルのように、関ヶ原、垂井、そして岐阜へ行って一泊した後そこの歴史博物館に行ってから長浜にいくというコースを考えていました。この案でいくとある引っ掛かりがありました。それは岐阜から長浜に行くとき垂井を目の前にしながら素通りするということ。今までの垂井を訪れる際の旅行は、行きは京都で新幹線を降りて帰りは名古屋からそれに乗るというパターンだったため、垂井で降りたければ新幹線から飛び降りる(!)しかなかったわけですが、今回はそうではなくもろにそこに止まる列車に乗るわけで、それが気分的にきついなあと思っていました。
 で、出発前日、ふと他の方のブログを見て、半兵衛の里という市が2時間だけ開いているということ、そしてさらに垂井町のサイトで調べたらそれが水・土・日曜日の朝9時から11時(実際には8時半からやっていますと、2日目に自転車を借りるときの観光協会の方がおっしゃっていました)であることが判明し、それなら2日目は土曜日だし、これもいってみようかということで、初日と2日目で垂井の中で行くところを分け、その分岐阜の博物館は1日目の最後に駆け回りで行くというパターンに変更したのです。これも奇遇というしかないのですが、実はこの旅行、最初は水・木か木・金で行く予定にしていました。でもこれですとどちらにしてもこの市にはいけないことになっておりましたので、たまたま土曜日を2日目に置いたことがこういう縁を作るきっかけになったわけで…。本当に何があるかわかりません。
 で、実際はどうなったかなのですが…もっとすごいことになりました。細かい過程はこれからの旅行記の中で書きますが、こういうことになりました。

 1日目 関ヶ原→垂井→岐阜(宿泊のみ。歴博には行けず)
 2日目 岐阜出発後すぐ垂井→長浜→垂井→帰宅

 これで何がおきたかと言いますと、乗車券の問題が。当初長浜から米原経由で帰る予定だったため、帰りの切符はそういうルートで買っておりました。となると、この切符、どうしたものか…ということに。ですが、ここで一計が出ました。長浜から垂井に行くとき、米原で接続に10分かかるので、いったん米原で駅を出てここで途中下車あつかいにしてもらい、米原で垂井へ行く切符を購入。垂井から米原まではまた切符を購入して米原から先は事前に買っていて途中下車あつかいにしてある乗車券を使うというやり方です。これなら別に問題はありません。
 これだけの計画変更があったため、旅行先で時刻表を買うという事態になりましたが、幸い去年岐阜に行っていてどこに書店があるか知っておりましたので、そのあたりはスムースでした。とはいえ、昨年行っていなくても、改札から見えるところにありますので慌てふためくということはなかったかもしれませんが。
 では次回からは、細かい旅行記を書いていくこととします。恐らく次回は関ヶ原だけでお仕舞いになろうかと…

24.10.09

またも御加護に恵まれて

 今日の夜8時半くらいに戻ってきました。関ヶ原に始まり長浜に終わるはずのこの度の旅行、最終的には大変忙しいことになりました。それはおいおい書いて行きますが、総じて何がいいたいかと言いますと…半兵衛さん、今回もokamelに多大な御加護をくださいましてありがとうございますということです。前回も素晴らしかったですが、今回もまたこれ以上はないというくらい素晴らしい旅になりました。
 今日は全身が痛い(朝から往復20キロ近いライディングでしたので)ので、詳細は明日から書きます。すさまじい量の写真をとりまして、今回1ギガ2枚、2ギガ2枚持っていったのですが、調子が悪くなったカードがあったこともあり、結局全て使いました。こういうこと、あるものです。皆さんも予備は絶対に持って行きましょう。特に行き先で購入できるかどうか不安な場合…(今回の場合は電器店はおろかコンビニエンスストアが殆んどないところばかりでしたので)。

21.10.09

秋の気にも誘われて

 朝晩と昼の気温がこうも違うと、服を選びますね…昨日垂井地方の気温を調べてみたら、当地とあまり変わらないみたいなのでその点は良かったですが。天気もよさそうだし、これもまた御加護と思えば…
 で、今カメラの準備をしていて、この9月のお墓参りの写真(いくつかの保存機器にはコピーしたのですが、とても消せません…)をふと見直したのですが、またぞろ寂しさがこみ上げてうるうる…ここであの曲を聴いたらそれどころではなくなりそうです。かの地ももうぶどう狩りの季節は終わったので、okamelが行った時以上に静かになっていることだろうなと思います。
 去年より1ヶ月早い(昨年は11月14日あたりに行きました)ので、まだ柿の実はできていないかもしれないし紅葉にも早いとは思いますが、ゆっくり風景を楽しんで来たいと思います。訪問地は最初に関ヶ原、そして垂井(資料館が午後しか開いていないため)で1日目は終了、翌日は前回いけなかった岐阜の歴史民俗資料館(で名前はあっているかな)に行ってから長浜で終了の予定。2日目はかなり時間の余裕があるので、もしかしたら多少の変更はするかもしれません。
 ということで、あさっては朝5時半おきの6時半出発予定でごそごそしなければなりませんので、明日から数日は更新ができません。次回は恐らく旅行報告記となると思います。

22日追記:そういいながらこういうことをします。あまりに高ぶる気を抑えながら何とか描いたのですが…



 不思議です。三木に行く前、ここまで切ない気持ちにはならなかったのですが…前回といい今回といい、垂井に行く前はどういうわけかものすごく切なくなります。このイラスト、よくよく見ると左目下に涙あとのようなものがありますが、okamelが描いたわけではありません。修正のため消しゴムを使ったら自然こうなってしまいました。

16.7.09

うる、うる、うるうるっ

 昨日はあれから音楽編集ソフトを使って、EnyaのHope Has a Placeをピッチ変換してみました。原曲はH(B?でも確か"ハー"ですよね)メジャーなんですが、それをEフラットメジャーにしました。そうしたらなんと、エンヤの声が完全に女の子の声に変わり、すごいうるうるな感じになりまして…一番想像してはいけないものが想像されてしまうんです。ともあれこれで何枚かかけそうです。…あ、一応フツーな感じのものをです。今1枚だけ下書きはできていますが、もう少し下書きをためてからまとめ塗りしようかと。あまり溜め込むとこれがまた大変になるんですが…
 で、今日は今日で、朝方おきてEメールを確認したら、コーエーから何と新しい信長の野望(Windows版)予約の予告のお知らせ!今度は「天道」というサブタイトルなんですが、よ○みかと突っ込みを入れたくなるのはokamelだけでしょうか。これでまた新しい半兵衛のCGが手に入る…。okamelこのシリーズはほとんどプレーしたことがありませんが、CGが大変イラストの参考になるためキャラクターブックはほとんど集めています。今度はどうしようかな…。
 そしてそのショックに追い討ちをかけるように、先ほどTVを付けたら、何と関ヶ原の特集!関ヶ原、ああ関ヶ原、関ヶ原です。だってその隣は垂井…okamelにとっての聖地です。実際関ヶ原の戦い後、半兵衛の子の重門は家康に地元の人間ということで落ち武者狩りを任されているかどうかしております。関ヶ原駅には大きな看板まであるんです。行きたいよお…前回は垂井の資料館も行きそびれたし、岐阜の歴史資料館も行きそびれたし…行きたいよお。もううるうるどころじゃない、

うるうるうるうるっ

という感じであります…