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13.11.21

三国志を書くにはあまりにも、かなあ(『三国志入門』の感想 その2)

 昨晩は当地も5度前後まで下がりましたが、来週はまた最高気温が20度近くまで上がる予想で、本当今年はどうなっているという。数日前も蚊が飛んでいましたし、他の生物も同じことを思っているのではないかという感じです。

  昨日宮城谷さんの『三国志入門』を読み終わりましたが、最終的な感想としては、前回書いた感想と被りますが、正史準拠ではあるけれどもやはり演義より、というか三国志を書くには宮城谷さんは蜀寄りにすぎるなあという気がしました。それが顕著なのが関羽・諸葛亮贔屓と孫権・我が神・陸遜たたき(要はこの3人は関羽攻略にかかわっているため)。まさか執筆家という商売に携わっているがゆえに商売の神とされている関羽を悪し様に書きたくないなどということはないと思いますが、個人的にはこの点がかなり残念です。宮城谷さんは御自身で『三国志』を書かれていますが、この調子だとちょっと自分はこれは読めないなという気がしました。三國無双スタッフが魏寄りと言われていることもあるように、このあたりの話を扱う時中立が難しいのはわかりますが、宮城谷さんの場合は関羽がらみになるとどうしたレベルです。諸葛亮についても、前回もちょっと触れましたが自分は独特な考えを持っているので、読んでいてう~ん続きでした。そういったことを含めたこの時代の書き方では、自分は『中国武将列伝』を読んだ範囲にはなりますが、むしろ田中芳樹さんのほうに好感を持てます。ま、自分は三国志を専門にどうこうしようというわけでもないので、これからも呉が一番と言います(一応確認のため、自分は蜀<魏<呉)し、我が神を我が神と敬い続けますが。余談なのですが、かの天敵、劉備やら張飛やらは好きだけれど関羽にだけはどうも感情移入できないと言っており(於「三國志Ⅲ」プレイ動画内)、妙なところで合います。

 前回「狡い」ということに関して結構書きましたけれども、重ねて書きますが武経七書をはじめとして多く兵法関連の本を読んできた自分としては、荊州の方法も早雲の方法も狡いとは考えていません。というか、これも前回書きましたが、欺くことは兵法の要素の一つであって、それを狡いと言っていては始まらないからです。それでも強いて何を狡いと考えるかと言ったら、敵の内部の人間を買収して内側から崩していく方法ですか。これとても本来は兵法の一つで、欲につられる人物を使っているからそうなる(故にそういう人を重用するなというのもこれまた兵法)という話ではあるのですが、このあたり完璧を求めるのは古今東西難しい話で。ともあれ、これを「狡い」とすると、演義で諸葛亮はまさにこれをやっておりますので、諸葛亮も「狡い」ということになります。実際は、賄賂をもらっている楊松自体が架空の人物なのでやっていないと思われますが、演義の中では清廉潔白で神のごとき智謀の人である諸葛亮にこれをさせているということは、この時代を含めてこれを狡い、あるいはひどいとは思っていないということなのでしょう。おまけに書くと、この後やはり演義で曹操が同じ方法で楊松を買収していて、さらに曹操は楊松を処刑しています。このあたりをどう考えるか。

 これに近いのがスパイを放って国情を乱したり離間したり敵の能臣を失職させたりするケースで、これも演義では諸葛亮が使っている手(司馬懿をおとしめるため)になります。中国の春秋・戦国時代でもよくつかわれた手で、確か特に秦が得意だった気がします。これも「狡い」と言えると思うのですが、やはり兵法でもあるわけです。でも宮城谷さんの『晏子』(後半しかまだ読んでいませんが)や『子産』、今まで読んできた列伝系の本に、主人公が仕掛ける場面はほぼ出てきません。持っていながらまだ読んでいない本の中に『草原の風』という光武帝が主人公の話が、また有名どころの人について書かれたものとして『太公望』『管子』などがありますが、これらにすらこういった駆け引きの話がなかったら、宮城谷さんは余程の兵法嫌いということになります。

 もうひとつこれに似たケースで、内側の人間を降伏させていくというのがあります。決して買収ではなく説得で切り崩すやり方で、我が神は荊州はこれでどんどん切り崩しています(逆に呉は、自分が覚えている限りでは二宮の変以降の呉の末期を除いてはこれで関羽レベルにやられたことはありません)。これは我が神が悪いのか、狡いのか?もちろんそうではなく、これは関羽の責任。実際関羽は人格的にどうなのというところがぽろぽろあり、下にやさしかった(逆に士大夫といった上の人には傲慢だったとか。張飛がその逆だったのでそれならと関羽は逆の態度をとったという話を読んだこともありますが、それはそれであまりな話)と言われていますが、それなら我が神に降伏した二将はなぜ降伏したのか。正史にはその二将のうちの一人は失火を起こしたことに対してひどく関羽にけん責されて処罰を恐れていたためとあり、もう一人は我が神が派遣した虞翻(この人がまた一癖ある面白い人なのですが、今回はそれについてはおいておきます)が将に対して送った手紙によって降伏したとあります。そしてこの二将、演義では毎度おなじみ「関羽の力」で死んでいたような気がしますが、実は普通にそのまま呉の臣になって何ともありません。そして最終的には兵士に見捨てられた形で関羽は捕まるわけで、正史の著者はこの一連のことは関羽の自業自得としていて自分もそう思いますが、おそらく宮城谷さんはそう思っておられないのでしょう。自分、関羽は「忠義の士」とはちょっと違うと思っています。関羽は確かに劉備個人に対しては忠だったかもしれませんが、蜀という国に対してはどうだったのだろうとよく思うことがあるもので。この先を細かくいくと「忠義」とは何なのかとか尽くすべき対象はどこであるべきなのかとかといろいろややこしいことになるので、この辺で止めておきます。

 ということで2回にわたって愚痴に等しいことを書きましたが、これでこの先買おうかどうしようか迷っていた本のいくつかは回避することとなりました。そのお金は、この先の三國8エンパのDLCコンテンツ代にでも回そうかな。もし出るならですが…でもたいていエンパもDLCは結構出た記憶があるので、期待していいとは思うのですが。では今回はこの辺で。

12.11.21

『三国志入門』の感想 その1

 三國8エンパを購入することになり、数日前にさっそく作成予定のエディットリストを作ったのですが、ふと思ったのが、戦国5は本多忠勝が徳川版前田利家になったことから、昔のような「武で語れ」キャラでなくなりましたので、三國の呂布と比肩することができなくなったなあということ。というか、それに比するキャラが戦国にはいないのではと。今後また(こりもせず)OROCHIを出すのであれば、そのあたりどう調整をかけていくのやらという気がしました。ちなみになぜそれを思ったかというと、もし先にエディット武将を作成できる体験版が7エンパの時のように配信されたら、自分はまず例の御仁と呂布を入れ替えるための「偽物」を作ろうと思っているため。御仁は、7エンパ同様自分が6エンパからお世話になっているエディットの一人と入れ替えてもいいのですが。御仁を入れ替える理由はもはや説明する必要がないと思いますが、呂布は戦闘のペースを狂わす(無印ではたいてい、そしてたしかエンパでも登場ムービーがあった)ためで、戦闘に興味のない自分は、一対一の戦闘に時間をとるようなキャラは正直いらないという…。6エンパの時には関羽も登場ムービーがあるという理由でエディットの偽関羽と入れ替えていましたが、今回は未定。

 一昨日届いた本『三国志入門』の感想を、今度は2回に分けて書こうと思います。一言でいうと、宮城谷さんは呉はあまりお好きではないなと。我が神についても荊州攻略の際とった策が「狡い」とされていますが、それはどうかなあと。それならだれがやったか忘れましたが敵方の降伏兵を敵陣営に戻らせて、内部から混乱させるというのも狡いことになりますし、北条早雲が大森氏の小田原城に対してしたことも狡いことに。詳しく書くと、早雲が「狩りをしたいのだか多くの鹿が大森氏の支配領域に入ったので、鹿を追うために勢子を入らせてほしい」と言って許可をもらったら、勢子に扮して城の背後に伏せていたた兵士と自分が率いてきた軍で夜襲をかけてそのままのっとったというものになります。『北条記』にある話で史実かどうかはわからないようですが、やっていることはかなり我が神の荊州攻略法に近いものがあります。「呉の主従は策を多用する癖を持っている」って、別にそれ、呉に限らないと思いますし、それが兵法というものだと個人的には思うので、それを「狡い」ですますなら、『孫子』の「兵は詭道なり」を否定することになるような気が。それに、自分にしてみればやっていること全般を見れば劉備や諸葛亮のほうが余程狡いと思うのですが、ここではそのあたりの細かいことは書きません。幕末史同様、自分これに関しても独特の考えがあるので。幕末のほうはともかく、こちらに関してはその考えを持つにいたることになったベースの本があるのですが、それがどれだったか、ちょっと今思い出せず…。

 あと、宮城谷さんの場合は特に孫権があまりお好きでない感じで、末尾にほんの少しだけ褒められておられるほかは多くが否定的な言葉でした。今まで読んできた三国志関連の本でも、孫権はしたたかな人物と扱った本は結構ありましたが、宮城谷さんの場合は「嫌い度」が露骨な感じでした。今までいろいろ読んできた感じ、宮城谷さんは晏子や子産といった政治家系の人でまっすぐな人物を好く方のようなので、こういうことにもなるのかも。周瑜や魯粛が「大計をなすことのできた人物」ということでほめている反面、策略で関羽を討った我が神がいまいちの評価という点から、韓信のような人物が嫌いというのも、これでなんとなく分かったような気がします。ふと考えてみたら、宮城谷さんの本には『名臣列伝』や『名君列伝』はあるのですが、『名将列伝』は確かないんです。なので、おそらく宮城谷さんは兵法的な方はあまり関心がないというよりお好きでないのかもしれません。ともあれ、宮城谷さんの上記の評価は、おそらくこの3人のことについて正史で書かれた伝の最後にある孫権の三人評にもある程度基づいていると思われ、実際その評価の中で孫権もそういう面では我が神は周瑜に劣る(魯粛にも劣るとは言っていないのがみそ)と言っています。ただ、同時に周瑜との違いはそこが及ばないだけで、周瑜に次ぐ人物とも言っています。いくら大計をなしてもそれのために動く人がいないとどうしようもないわけで、周瑜はそれをなそうとして途中で病死(ただし決して諸葛亮にこけにされて死んだのではない)したのでなせず、これはどうしようもありませんが、我が神は孫権の言葉を借りるなら「意見にいささか壮大さと鋭敏さが欠けてはいた」ものの、実際に動いた人であり業績を残した人なわけで、孫権はそれを評価しています。一方で魯粛については、対関羽について「処し方がわからずからいばりしているだけ」と言っているのですが、残念ながら宮城谷さん、そこは違う意味で、孫権同様目をつむっておられますね。ちなみに孫権の場合は、魯粛の対劉備・関羽(要は荊州問題)のあれこれの1点は、他2つの大きな行動(端的にってしまうと、漢王室はオワコンだし曹操もいるので、漢王室の再興を考えるより自分の勢力を安定させることに努めるよう進言したことが1つ、赤壁開戦を主張したことがもう1つ)を損ずるものではないということで目をつむっております。

 細かいことは書かないと言いつつ1つだけ書き足すなら、蜀の面々についてはほとんど細かいことが書き残されていない(魏や呉と異なり歴史を書きのこす担当官がいなかったそう)のであっさりしているだけで、もし呉同様にどんなことをしたかが細かく書き残されていたなら、呉のことを「策を多用する」と書けただろうかという疑問が残りました。先ほど我が神のやったことが「狡い」と書かれていたことに触れましたが、なぜそこに至ることになったのかを考えてみた時、そこには劉備や諸葛亮(特に自分に言わせれば諸葛亮)がやってきたことが背景にあるのではないのかと。三國8の呉のシナリオは若干極端な感じがしなくはない(同盟中、呉の援軍要請をことごとくはねつけておきながら、魏の漢中へ向ける兵力を減らさせるために、呉に対しては返還を求められていた荊州の一部と引き換えに合肥への出兵要請をした(そして呉はそれを受け入れた)上に、呉の兵糧をかっさらった。かっさらいは正史にも書いてあることながら時期がちょっと違う)ですが、むしろあれに近いのが事実ではないかというのが自分の考えです。ともあれ、今回の本は今まで買ってきた宮城谷さんの本の中では、我が神関連の件があったことから一番すっきりしない本ではありますが、宮城谷さんの評価の基準が分かったという点では貴重なものとなっています。

 次回も同じ本の感想と書くこととします。〆は一昨日仕上げたイラストを掲載。8エンパでエディットする可能性が高い「都久」というキャラで、三國6エンパでの初登場時は「都久夫須麻」という名前でした。つまり、竹生島の龍神をモチーフにしたキャラで、なぜこの神かというと、自分が大学時代初めて仕舞を演じた神物の主人公だからです。「都久」となったのは、「三國志13」で再度出すときに中国的な名前に変える作業をしたためで、字は「耽龍」としました。「龍」はともかく「耽」なのは、6エンパで作成時に声のタイプを耽美タイプにしたためです。但し実際は「耽美」というより「甘美」に近かったということは、こちらのブログにも書いたような。ともあれ、昨年9月に一度イラストを載せたことのあるキャラですが、今回またちょっと描いてみました。それでは今回はこの辺で。