ラベル 翻訳 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 翻訳 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

19.6.21

え、えええ…

 昨日は結局、ほんの少しだけ雨が止んだ瞬間があった後はずっと雨でした。ただこの先の天気予報は今のところ大規模には変化していないので、にわか雨はともかくそこそこ晴れで安定するのかな…それならうれしいのですが。

  昨日サブブログの更新をしてから、『Yの悲劇』の他の方の翻訳だとどのようなものがあるのかを調べてみました。結構あるもので、創元推理版は別の方による新版も出ているようです。自分のは鮎川信夫氏によるものです。検索していたら、同じタイトルでも「Y」の意味が違うものがずらずらでてきて、ややこしいことこの上なしでした。

 で、新潮が大久保康雄氏、講談社が平井呈一氏によるようですが、前者は解説で後作のネタバレをしているということで非難囂々といったところでした。本人の訳のせいではなく出版社のためにレビューの星が少ないという、翻訳者には迷惑この上ないことになっております。一方の平井氏のものですが、コメントの一つによると、破門されたとはいえ一度は永井荷風の弟子だった方だそうで、海外の名作品をいくつも手掛けておられる名翻訳者で、これも名訳ということなのです。ただ…個人的に固まったのが、同コメントによるとレーンさんがべらんめえ口調だということ。では何ですか、『Yの悲劇』でサム警部とレーンさんが久々に会った時、サム警部が手を差し出しながらかけた声に返したレーンさんの言葉、ハヤカワ版だと「やあ、警部さん!」で創元推理版だと「や、警部さん!」なのですが、講談社版だと「警部さん(もっとくだけるなら「サムの旦那」)じゃありゃせんかい!」とでもなるのですかね。こうなると自分の現在構築中のレーン像がぐちゃぐちゃになってしまいますので、いくら名訳でも今読むのは(そして多分今後も)なかなかきびしいことになります。ちなみにこの部分、原語だとただ「Inspector!」1語です。

 ということで、脳内のイメージを壊される前にというわけではないのですが、昨晩なんとかClipStudioで修正をかけ終えられたので、載せることにします。地味に鉛筆を残したパターンは久々なような気がします。少し前に載せた我が神と同じで、2色のみの使用です。



これ以上は今回はやめておきます。もう1枚2枚はレーンさんを描きたい気もするのですが、前回のこともあるので、ここの所買い足した諏訪原さんのイラストの本の他、過去の信長の野望のデータ集に載っているいろいろな顔をながめて、例のイラストにどう修正をかけてみるかを検討し始めてみようと思います。では今回はこの辺で。

18.6.21

描写があったりなかったり、〇色だったり〇色だったり

 天気予報の揺れ方が相変わらずで、明日の朝の雨が結構な量になりそうな予報になりました。その分日中にはやんで晴れるらしいのですが、さあこれが当たるかどうか。

  前回、〆近くでとんでもない記述に気づいたことを書きました。それが何かという話ですが、それは昨晩『Yの悲劇』を読み返して気づきました。今回はシナリオ重視ではなく、とにかくレーンさんの描写があるところがないかに注意を払って読んでおりますが、ふと目に留まった描写がなにかというと、「絹糸のように白い眉毛(原文はsilky white brows)」。今まで眉の動きの描写はいくらかあったのですが、はっきりと「白い」とあったのはおそらくこれが最初。前回読んだときに気づかなかった自分もたいがいですが、ええと、扉絵はどうでしたかね…。

 そしてさらにやっかいになったのは、同じく『Yの悲劇』内で気づいたところ。以前頸筋だのなんだので触れた場所なのですが、これを原語で調べてみたところ、「the mat of pure white hair worn low on the neck」とあり、直訳すると「首の下部まで覆っているもじゃもじゃにもつれた純白の髪」となるので、ストレートヘアを描いてしまったのもこれまた間違い(扉絵となったらそもそも(以下略))ということになります。これは言い訳を許してもらえるなら、ハヤカワ版にも創元推理版にもその部分に相当する訳がなかったので、好みが優先されてしまったということになります。しかしこうなると、いよいよ我が神に似てきてしまう感が…(汗)。もっとも最近描いている我が神の場合は、後ろ髪はそれどころでない髪の長さになっておりますが。ともあれ、そういうことで早速その部分を修正しようかと思ったのですが、今回も毎度おなじみB6のメモ紙の半分に描いており、トンボのモノ0という細かいところを消せる消しゴムもしくはとがらせた練り消しを使っての修正も不可能ではないのですが、それでなくとも彫りの深い顔というものを長らく描いていなかったために、ああでもないこうでもないとかなりの回数描いたり消したりを繰り返していて、紙が変なことになるおそれがありました。それでClipStudioで修正をかけることにした次第。

 今のところは全身像を描く予定はないので以下の苦労はないと思われるのですが、もうひとつレーンさんの描写で悩まされるのが、肌の色。レーンさん、日光浴がお好きでよく腰布ひとつでデッキに横になっておられるのですが、その時の描写は赤銅色となっています。一方で現場に出向いたり警察関連の人に会ったりしているときの顔色や手の描写のときは白もしくは青白いとなっていて、想像してみると何か変…という話なんです。こうなると、もし真剣に取り組むなら(今ふざけているわけではもちろんないのですが(汗))、一度原語のレーンさんが登場する分を全部拾い読みしていく必要があるかもしれません。今は1つ宿題があるので無理ですが、今後の課題の一つですね。では今回はこの辺で。

12.6.21

ライン引きの問題

  相変わらずこの週末の雨の降りだし降りやみ予測がころころ変わっております。今のところは当初より良い方向に変わっておりますが、さてこのままいくのか、急転直下結構な雨予報に変わるのか。

 イラストは昨晩で大体落ち着いたので、今日は再確認かなというところ。まあ自分のことですからまた少し手を入れそうな気はしますが。そして明日、いよいよ掲載します。となったら、今まで隠していた下の人物がだれなのか、お分かりかと思います。長らく描いていなかったので、どう描いたらいいものか本当にほぼ忘れておりましたが、昔描いていたのものと比べたら肖像画にちょっと目元が似たのかなという気がしなくもない。でも否定しようのない事実は、時間のかけようが我が神と違いすぎること…。これ、一つにはあおり角が我が神のほうが大きかったこともありまして、普段あまり描かない角度のために調整に苦労したということもあります。そのほかの苦労話については次回。

 やっとタイトルの話に戻ります。昨日から『Yの悲劇』のハヤカワ版と創元推理版を比べているわけですが、例の部分以外にもちょっと違うところがぽろぽろありました。ハヤカワ版を読んで気になったところを手当たり次第に見ているので順番がぐちゃぐちゃですが、例えば、ハヤカワ版で悩ませてもらった「頸筋をおおうほど」は、創元推理版では「首筋にまでたれている」となっています。最初から後者だったらあまり頭を悩まさなくて済んだのだがなあといったところ。そしてこの部分の近くにも訳がだいぶ異なるところがあったので、幸い手に入れることのできた原文と比較してみたところ、これはハヤカワ版のほうがかなり原文を装飾した訳にしていたことがわかりました。その方が趣はありますが。

 これらとは逆に、両方とも同じ訳だったのが、コールテン。原文は「in corduroys」(「コーデュロイに身を包んで」といった感じ)なのですが、ここをコールテンと訳したのは、その方が日本ではなじみがあるからと思ったからなのか。昨日Wikiでも見てみたのですが、こちらだとコーデュロイとコールテンは物は同じだか一部の業界では厳密に差をつけるといった意味合いの解説になっていました。自分が以前このことについて書いたときはこちらの織物専門業者のサイトを参考にしたのではっきり違うと書かせていただいた(つまり厳密に差をつける一部の業界の一つというわけ…この場合当然といえば当然といえますが)のですが、翻訳のときはそこまでこだわる必要があるのか、という話になるのだろうと思います。まあ先程の訳の「装飾」についてもそうですが、どこまでが許されて、どこからがいけないというライン引きは難しいのだろうと思いますね。ただ個人的には、中国古代の人間にカタカナ語はしゃべらせてはいけないと思いますが(実際『史記』だったか正史だったかの訳にあります)。あともう一つ、訳とは関係ないのですが、Amazonで原題『The Tragedy of Y』で検索すると、ペーパーバック版の表紙絵を見ることができますが、おそらく描かれているのは背格好からいってレーンさん(下のマンドリンなどはこの作品でのキーになる品々)。ですが…「頸筋を覆うほど」もしくは「首筋までたれている」はずの白髪はどこいった。では今回はこの辺で。