29.11.08

実際は?

 先ほどから急に風が強くなった当地…あの旅行から2週間たったわけですが、旅行を境に本当に冬が一気に来たという感じです。
 さて、久々に今はまっている「決戦Ⅲ」ネタなんですが…何周かしているうちに少しずつ慣れてはきたんですが、やはり上級はきついですね。特に中級でも苦労した戦だと上級はもっと辛い。それでも各場面を少し余裕を持ってみることができる様になりました。たとえば単騎駆といって一騎打ちをする場面があるんですが、その中では自軍の兵士と敵軍の兵士が単騎駆エリアの隅で地道に(?)戦っている様子が結構可笑しくて(自軍の騎馬兵が敵軍の歩兵の頭を槍でゴンゴンたたいていたりする)武将の決闘に集中できないこともあります。あと、たくさん出てくる武将の中で、毛利輝元と松永久秀だけお国訛りで話すんですね。以前広島にいたokamel、輝元の訛りに妙な違和感を感じたりします。久秀は多分堺訛り?それはともかく、後の武将は皆いわゆる標準語で話すんですが(汎用武将が多いのでそうならざるをえない部分もあるのでしょうが)、実際はどうだったのかなと想像するとこれも面白い。尾張訛りで話す秀吉、美濃訛りで話す半兵衛、播磨訛り(ってあるのかな)で話す官兵衛が一堂に会して軍議をする…。ちなみにokamelは関東育ちなので広島に来たとき訛りが分からなくて数ヶ月の間本当に困りました。特に「たちまち」が広島(特に安芸地方ですかね)では「とりあえず」の意味で使われるので、頭の中で通訳作業が必要でした。そういったこと、秀吉陣中ではなかったでしょうか…
 では今回はこの辺で。

28.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その10

 今回で旅行記は最終回になるかと思います。10だなんて、またキリのいい数字で…意図的にそうしたわけではありません。本当に偶然です。
 さて、通訳事件その2ですが…白川郷の駐車場、といってもokamelたちが乗降したほうではなくもう一つのほうの駐車場なんですが(観光バス用のような感じでしたね)、明善寺に行くためにそちらを歩いていると、バスガイドさんがよってきて「英語話せますか?」。夫と歩いていれば聞かれても不思議ではないですが…で、ガイドさんが連れてきたのは年配の外国人男性。後でokamelもはっとしたんですが、夫曰く「英国の発音だったね」。その男性があるホテルのカードをokamelたちに見せて言うところでは、そのホテルのバスでここまで来たんだが、戻ってみたらそのバスがいなくなっていたとの事。ホテルに戻りたいということだったのですがそのホテルは高山のホテルだったので、バスがない以上はokamelたちの様に高速バスに乗って戻るしかない、そのバスはこちらの駐車場ではなくもう一つのほうから出ていると教えて終わったんですが、普通送るだけ送って後は置いていくということって、あるんでしょうか。それともこの外国人さんが時間を間違えたのでしょうか。okamelたちが高山駅に戻ってみると、そのホテルはもろに駅の前にありました。ちゃんと戻っているかなと二人で話した次第。
 今回はスタンプとイラストを載せます。
 
そしてイラスト。これは高山から名古屋に向かう特急内で描いたものです。すこしばかり新幹線内でも描きました。特急内で描いている間に少し乗り物酔いしたので…

今回の旅行では、六興出版の旧版新書太閤記第2巻を持っていきました。それには、藤吉郎と半兵衛の出会いのシーンが書かれているからです。半兵衛の生い立ちも書かれており、自然菩提山のことも書かれているのですが、初めて読んでから十余年もたって気づきました…吉川英治はこの中で半兵衛を天文4年の生まれとしているんですが、実際は天文13年の生まれなんですよね…9年の差は大きい。当時そう書かれた史料があったのか(戦前に書かれていますから、戦災でその史料は焼失ということもありえますし)、吉川英治が史料を見たときに読み違えたのか…。ともあれ、このイラストはその新書太閤記の中で半兵衛が閑居していた栗原山から下りてきて藤吉郎のもとにやってくるというシーンを描いてみました。
 他にも数枚描いてはいますが、それは今はまっている決戦Ⅲ関連になるので、そのことを書いたときに載せることとします。長い旅行記ではありましたが、これで報告終了ということで、今回はこの辺で。

26.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その9

 今日もなかなか冷え込んでいる当地…昨日ニュースサイトを見ていたら、この12月は厳寒になる予想だそうで…1月以降は暖かくなるかもということですが、さてどうでしょう。
 さて、今回荷物の中にはがき箋と筆記用具も入っておりました。スタンプを押すのに意外と重宝しましたが、もちろんふとしたときにイラストを描くためで…okamel、風景画を描くほど風流ではありません(苦笑)。で、これが垂井を散策した日、ホテルについて最初にい描いたもの。

今まで描いてきた半兵衛と比べると可也若いというか、幼い感じがありますが、やはり垂井で活躍していたころと言うと十代後半から二十代前半ということで、若めなイメージが浮かんできたもので。二作目はちょっと老けます(?)…

BGMは、初作を描いている間に曲を変えたんですが、Can You Feel The Love Tonightです。普通歌詞もokamelの発想に絡むことが多いんですが、この場合歌詞はあまり関係ないです。むしろ曲の雰囲気が垂井や飛騨(このあとも電車やバスの中で描き続けております)の風景を髣髴とさせるのに向いていたということです。今もこの曲を聞くとなつかしの風景が思い出されます。
で、こぼれ話なんですが…この旅行中、okamel2回ほど簡単ながら通訳をする羽目になりました。1回目の方を今回書きますが、米原から垂井に向かう電車に乗り込んだとき、夫がokamel達の席の後ろに座っていた外国人と突然意気投合しだした(話しかけてきたのは相手のほうです)ので、どうしたのかと思ったら、どうも出身地が近いらしかったんです。そのうちに、車掌さんが乗車券を見に来まして、この外国人さんがいきなり英語でべらべらやり始めたものですから、車掌さんがokamelに「ご一緒ですか」と助けを求めてきた次第で…で、今持っている切符を見せて欲しいとその人に行ったら、何と持っていたのは京都からの一番安い切符。車掌さんがその人が降りるという大垣駅で精算してくださいと伝えてほしいといったので、それを伝えて終わったんですが、大垣でどうなったことやら…。もしかしてこの外国人さん、うまくいけば(という言い方は語弊がありますが)これで大垣まで行けるかもと思ったのでしょうか。okamelがメルボルンにいたとき何度か電車を利用しましたが、とにかく改札に人がいないのには驚きましたからね。流石に市中心部の駅は自動改札になっていて、ある程度の駅員さんも改札口にいましたが、少し郊外に出たら無人でしたから、下手すれば切符を持っていなくても乗り降りできてしまうわけです。その点はトラム(路面電車)の方が厳しくて、ある駅で突然2、3人の職員さんが乗り込んできて「切符を見せてください」と抜き打ち検査をします。それにしても…
 次回はokamelの通訳事件その2とイラストやスタンプの紹介になるかと思います。では今回はこの辺で。
 

25.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その8

 Yahooの記事によると、北海道で20年ぶりに11月の気温が-20度になったとか。それで気象庁のランキングサイトを見てみたんですが、下川・美瑛・喜茂別・滝上観測所で確かに-20度を下回っておりました。ちなみに今現在で一番の最高気温を記録しているのは東京の父島で25度を上回っております。
 今回は白川郷の写真を、okamelの下手な解説抜きでお楽しみください…ちなみにこれらの写真のうち、一つは御手洗いです。

そして、高速バスに乗って高山駅まで戻ると、夕食をとることにしたんですが、駅近くの食堂が既にしまっていた(6時半までだった)ので、歩き回ってようやっと見つけたところでラーメンを食べたんですが、それではもたないかもということで、駅前のコンビニで少し買い込んで、特急に乗りました。電車が来るまで改札が開かない様になっているんですが、そこで発見したのがこのはり紙。

菩提山といい飛騨といい…。ちなみにokamelが前住んでいたところはよく高速に狸が出ると聞きました。ともあれ、改札が済んでホームでまっていると、先に富山から来た3両編成の電車がつき、続いて高山で連結する6両が来て、以下のビデオのようなこととなります。
←クリックするとビデオを見ることができます
もしokamelの乗ったひだとほかのひだが全て同じ構成なら、特急ひだには7号車がありません。6号車の次が8号車になります。連結すると全部で車両が9になってしまうからでしょうか。まるでokamelの住んでいるところの駐車場のような配慮です(1、2、3の次が5です)。そして名古屋から新幹線で戻ったわけですが、ひかりながら各駅停車だったんです。つまり、岐阜羽島、米原も止まる…もろにいつ垂井を通っているかわかるということです。通過する新幹線でも電光掲示板に注意していれば分かるわけですが、その場合見落とすこともあるわけで…でもはっきり止まられると、いつ岐阜に入ったか、いつ垂井付近かはっきりと分かるわけですね。どこまでも、御名残おしやの旅になりました。ちなみにわざとえらんだわけではありません。その次に名古屋を出るのぞみの方がokamelたちの降りる駅には先に着くんですが、僅かな節約ということで、ひかりを選んだ次第…。
 次回は旅行中に描いたイラストとこぼれ話を書こうと思います。勿論カラーではないです…鉛筆がきのものです。1枚は筆ペンで描いたんですが、これは彩色してから紹介させていただこうかと思います。では今回はこの辺で。

追記:自分でもう一度はり紙の写真を確認して、「紀勢線って紀伊(紀州?)と伊勢を走るっていう事だよね…」と思って調べたら、やはりそうで、三瀬谷は三重県の地名でした…同じJR東海の管轄内ということで出していたんですね…。ちなみに今okamel初めて知ったんですが、高山本線も新幹線同様富山県の猪谷をはさんでJR東海の管轄とJR西日本の管轄に分かれるんですね。ややこしい。

23.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その7

 洗濯物を入れる網がいっぺんに2つ壊れたため洗えなかった洗濯物を、昨日買い物で網を買ったので洗える様になりました。なくても洗えないことはないですが、洗濯物同士が絡み合って大変なことになりますので。
 さて、続きですが。白川郷には2つ大きな駐車場があって、okamelたちが降り立ったのは野外博物館の近くにある駐車場でした。もう一つの駐車場はどぶろく祭りの博物館やお寺のあるちかくにあるんですが、殆どが民宿や御みやげ物やさんでした。okamelのおりたったところですと近くに食堂もありましたので、前日に登山で痛めた足で昼食場所に向かうにはもってこいの場所にあったといえます。食べ応えのある、いいそばでした。平たいうどんは今まで見てきましたが、平たいそばは初めて見ました。
 で、とてもこの野外博物館、全部いっぺんにはご紹介できそうにないので、今回は一部を。合掌造り民家園と言うんですが、掲示板の写真はこんな感じです。

パンフレットを見ながら書ければいいのですが、okamel園内を歩いている最中にどうも落としてしまったらしくて、それができません(泣)。で、園内にはこのような建物がたくさんあるわけです。これは水車小屋ですが…

一部立ち入りが出来ないものもありますが、殆どは内部の様子も見ることができます。この水車小屋の内部はビデオにとりましたが、まだupしていないので、後日機会がありましたら。あと、このような屋根の骨組みの模型もありました。

あと、このような碑もありましたが…

okamel、この歌を知りません。最近の歌手なのでしょうか?
次回は白川郷の残りと帰路のことをちょっとという感じになりますでしょうか。では今回はこの辺で。

21.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その6


早いもので、この旅からもう1週間がたちました。先週の今頃は、菩提山を下りている最中だと思います。あたたかかったなあ…。あ、この写真ですが、我が家用に買った御土産の一つ。チョコバナナ味で、思ったほど甘ったるくなくておいしかったです。けっこうおすすめ。ホワイトチョコに白あんのヴァージョンもあります。
で、続きですが…ホテルで一泊した後、いよいよ白川郷に向けて出発。これに乗って…

この特急は名古屋からは東海道線にのって走るんですが、岐阜からは高山本線に入ります。そして電車の走る方向が変わります。つまり名古屋から岐阜までは先頭だった車両が、ここからは最後尾になるわけです。そして車窓から見える風景はこんな感じ…

色が上手く出ていませんが、紅葉が本当にきれいでした。紅葉をとるモードでとってみたらフラッシュが自動的にたかれて窓に反射してしまったのでだめでした。岐阜を出て暫くは木曽川ライン下りのところに沿って走るので、絶景続きでした。
そして着いた高山駅で、それまで使用していた乗車券とも御別れ。

垂井と岐阜の途中下車スタンプつきの乗車券…御名残おしやと、ホテルで写真を撮っておいたものです。で、高山駅でなんですが、このようなものを発見。

そして、ここからは高速バスに乗って白川郷へ。予約のいるものと要らないものがあるのですが、okamelの利用したのは往復共に予約の要らないものでした。バスに揺られて着く場所がここ、白川郷せせらぎ駐車場です。

次回は白川郷散策のお話しになると思います。では今回はこの辺で。

20.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その5

 天気はいいですが、相変わらずの寒さです。あの垂井や岐阜の少し汗ばむくらいの暖かさは、本当になんだったのでしょうか…
 さて、もう少し金華山のふもとでの話が続きます。昨日少し触れた公園には、このような信長の若き日の銅像もあります。

半兵衛の銅像とは静と動といった感じで好対照です。金華山のふもとのロープウェー乗り場で、初めて御みやげ物を買いました。垂井でも勿論買いたかったんですが、御土産やさんがなかった…まあ、極端に観光地化していない分、ほっとしたという部分もありますが。で、何が驚いたって、10年くらい前に来たときより、飛騨名物(岐阜は美濃ですが、同じ岐阜県ということででしょうか)さるぼぼのヴァリエーションがむちゃくちゃ増えておりました。okamelもその日の夜と翌日高山駅で少し買いましたが、癒し系なんでしょうか。どんなものを買ったかは後日写真をupします。でもここでの一番の収穫は、竹中家の家紋の入ったキーホルダー。正直、これが唯一今回の旅行で竹中半兵衛の何かが入った御みやげ物です。早速今使用中。ここで先に何故買い物をしたか…実はロープウェーが出たばかりで、15分おきに出ているものですから、他に仕様がなかった…。ちなみにロープウェーから見た風景はこんな感じでした。

 ふもとの駅から頂上までの様子をビデオにとりましたが、まだ投稿サイトにupしておりません。そちらにup次第、ご紹介しようと思います。
 結局頂上に着いたのがお城とその傍らにある資料館の閉館30分前、しかもロープウェーの駅と城までは徒歩約10分くらいあるものですから、大急ぎでした。その道すがら、このようなきれいな紅葉を見ることができました。

両方ともそれほど大きい施設ではなかったので、すべて内部を見ることはできました。岐阜城の中にも半兵衛ゆかりの兜(半兵衛が考案したと言われる一の谷の兜)や最近の人が描いたと思われる肖像画があったんですが、どうもこれもいかつい…で、頂上からなつかしの垂井方向(お城に書かれている掲示板どおりで行けば多分そう…)を撮った写真がこれ。

 結局ふもとに戻ったのが5時過ぎだったため、山のふもとにある歴史博物館にはいけませんでした…今度一人で行くときは絶対に行きたいと思います。多分地元でしか買えない書籍があると思いますので。
 これで1日目の行程が終わり、ホテルに向かったわけです。夕食なし朝食付きのビジネスホテルという、これもokamelの旅ではありふれたパターンなので、夕食は駅ビルの中のレストランでとりました。夫は味噌カツ定食(何せ名古屋が近いですから)、okamelは梅おぼろうどんを食べたんですが、このときほど梅干がおいしいと感じたことはなかったです。ホテルに戻ってから、足の指の激痛が何かを知ることとなりました…両小指の皮が見事に○○○いたんです…今も絆創膏を巻いていますが、かなりひどい状態で、当分治りそうにありません。でもこれも、okamelには思い出のひとつ…
 明日は白川郷のことを書こうと思います、では今回はこの辺で。
 

19.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その4

 昨日から当地はものすごい強風です。そして寒い…。でも、この旅行中は風もなく雲もなく、気温は垂井を歩いた日は最高気温20度まで上がったくらいの陽気…その翌日も天気予報では6,7度くらい下がると言ったわりに暖かく、本当に天候に恵まれました。これも半兵衛様の御加護なのかなと思うとまたうるうるのokamelなのであります。
 では今回は岐阜のことを。大垣で電車を乗り換えて岐阜に向かったのですが、垂井で昼食をとる時間はなかった(1本電車を逃すと30分ありません)ので、岐阜のモスで昼食。okamelの一人旅の場合は昼食は殆どとらないんですが、今回はそういうわけにも行かず…。で、これが昼食後にとった岐阜駅。

かなり陽が傾いているようですが、実際は3時になったかならないかくらいです。で、向かったのはこちらのお城、岐阜城です。バスで金華山のふもとまでいって、そこからロープウェーで山の頂上までいけるんです。もちろん歩いて登ることもできますが、菩提山で十分山登りは体験したし、なんといっても閉館時間が迫っていたのでそれはしませんでした。で、バス停からとったお城の写真がこれ。

これはズームでとったもの。実際はですね…

こう見えます。この写真からも分かるように、本当に当日は雲ひとつない晴天に恵まれました。この山のふもとの公園では時節柄菊花展が開かれておりまして、それを見ながらロープウェー乗り場まで行くことに。場所が場所だけに、こういうのもありました。

公園一帯、菊の香りでいっぱいという感じでした。
次回は岐阜城のこと、そして分量によっては白川郷への道までを書こうかと思います。もしかすると久々に旅中で書いたイラストを載せるかもしれません。では今回はこの辺で。

18.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その3

 お墓から名残惜しみつつ立去った後、菩提山城址に行きました。駅で手に入れたパンフレットによると、ハイキングコースが整備されていると言うことだったので、それならば楽に行けるかもと思い込んでしまったんですが…とんでもない、少なくともokamelには立派な登山でした。確かに道はあるんですが、傾斜がけっこう急なうえに、この季節ですのですごい落ち葉だったんです。だから足元にも可也気をつけないといけない。帰りは特に危なくて、okamel2度ばかり滑りました。前日あまり睡眠時間が取れなかったことと普段の運動不足もたたってか、途中足が殆ど動かなくなり、貧血の発作らしき症状にも見舞われました。でも、強い目的があると言うのはすごいもので、絶対に登るのをやめようとは思いませんでした。何が何でも、半兵衛ゆかりの城址に行くんだという思いだけがokamelを動かしていたような気がします。実は山への入り口に、「熊出没注意」という看板もありました。それでも、普段の生活で雷に打たれて死ぬよりも菩提山で熊に襲われて死んだ方が何十倍もましだと本気で思いましたからね。自分にもこんな底力、あるんだなあと。で、頂上付近にはこんなすごい倒木が…

写真ではそれほど大きさは感じられないかもしれませんが、実際には手前の倒木、身長186cmの夫でもまたげないくらいの大木です。それを越えた先に待っていたのが、この素晴らしい垂井のまちを一望できるところでした。

そして今城跡に残っているのは、この看板。

写真をクリックしていただいて、リンク先でさらにクリックすると十分看板に書いてある事が読める大きさに拡大されますので、興味のある方はクリックしてみてください。okamel恥ずかしながら、これをよむまで半兵衛は菩提山城生まれだと思っておりました。記念撮影をし、無料で使用できる望遠鏡で暫く町を見た後、山をおり、駅へと向かいました。すべてが記念ということで、このようなありふれたものも写真に撮ったわけですが…

そう、垂井は関ヶ原の隣なんです。そしてもしこのブログを読んでくださっている方の中に、新幹線で岐阜羽島-米原間を通ったことがあるという方がいらっしゃったら、貴方は既に半兵衛ゆかりの地を通っていることになるんです。東海道新幹線は垂井町を通っております。ともあれ、やがて来た電車にのリ、大垣乗換えで岐阜に向かいました。垂井を発車してすぐくらいに車窓から撮った菩提山方向の写真(写っている山は多分菩提山とは違うと思います)がこれ…

本当に名残惜しかったです。垂井-いつまでも忘れたくないところです。そしていろいろと案内してくださった親切なタクシーの運転手さんには本当に感謝です。
 次回は岐阜について書こうと思います。今回はこの辺で。

17.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その2

 昨日に続いて、垂井でのお話…
 タクシーに乗って最初に行ったのは確か菁莪記念館という竹中氏の功績を記念したところだったと思います。ただ残念なことにここは土日しか開いていないということで、しかもこの土日(15,16日)は臨時休館というはり紙が。okamelがゆかりの地について調べたときこの記念館までは見つけ出せませんでしたので、ちょっと残念。今度機会があったら土日に一人で行けたらと思っています。そのあと竹中氏陣屋跡という、半兵衛の子の重門が築いた建物のところに行って記念撮影。そこの写真、載せてもいいんですが夫が余り自分の載った写真を載せるのをよく思わないものですから、出せません…。そしてその陣屋跡にあるのが、この半兵衛の銅像です。

結構大きかったです。それにしても見た目婦人の様に穏やかだったと書かれているのに、これは?という感じ…あと、享年36歳(数え)にしてはちょっと老けている?多分昨日載せた看板にも描かれている肖像画を基に作ったのではないでしょうか。半兵衛の肖像画は他にもあるんですが、基本的に垂井で見かけたのはこの甲冑姿のものだけでした。そのほかの肖像画は着物姿なんですね。「武士ならば戦場で死にたい」と言った(そして実際陣没した)半兵衛の気持ちを尊重したのでしょうか。
 そのあと、半兵衛の墓のある禅幢寺に行きました。お墓の前では完全に号泣です。泣き崩れちゃいました。京都から米原に向かう電車の中で折った折鶴を供えてきました。数えとはいえ半兵衛の享年は36(今の年齢で行けば35歳になる少し前に亡くなっています)、そして実はokamelが来年36なんです。その分、前回とは違う思いがありました。この数、okamelにとって何とも言えない数です…本当に戦国の世、駆け抜けてしまったんだなあと思うと今でも涙が止まりません。そのお寺、半兵衛が開基なんですが、こういうことになっておりました…

これがまたokamelには非常にショックでした。もちろんその場でいくらか御喜捨してきましたが、後日またさせていただこうと思っている次第…
 次回は垂井での予定外のメインイベントについて書こうと思います。では今回はこの辺で。

16.11.08

垂井・岐阜そして白川郷の旅 その1


 改めまして、okamelです。昨晩23時半過ぎに帰って来ました。本当に涙涙の旅でありました。
JRやホテルといったすべての手配を前日にして翌日GOという、まあ我が家では珍しくないパターンでした。あまりにややこしい旅行行程だったために、JRの人が切符の発行に困っていました。計画書を持参していたのでそれを見ながら作られたようです。ちなみにコースは新幹線で京都まで出てそこから在来線で米原まで行き、そこでさらに乗り換えて垂井に行き、散策。そのあとまた在来線で岐阜へいって一泊、翌日は高山まで出てから高速バスで白川郷まで行って、4時間散策したあと直行で帰るというものでした。
 今日はその最初…竹中半兵衛ゆかりの土地、垂井のことを少し。矢張り以前より観光に力を入れているようでした。観光パンフレットが増えておりました。勿論全てかき集めました。上の写真は垂井駅上り線ホームにある看板です。これは約10年前にきたときもあったような気がします。左にいるのはokamelです。タクシーを雇って2時間半あまりまわってもらいました。昔ながらの風景というか、時の流れがぜんぜん今okamelのいるところと違うなあという感じでしたが、それなりに問題もあるようで...それがまたokamelを泣かせました。一番泣いたのは矢張りお墓の前でしたけれど。
 一気に書くと面白くないので、今日はこの辺りにしようと思います。明日はもっと垂井であったことについて詳しく書こうと思います。

垂井・岐阜そして白川郷の旅から今、戻りました

 白川郷を16時20分に出て、今okamelの家に戻りました。途中接続のため1時間ロスしておりますが…
 報告や写真、そして旅中に描いた(勿論旅の目的が半兵衛ゆかりの地めぐりだったため半兵衛に集中しております)イラストを明日から載せさせていただく予定ですが、今回ほど涙をこらえなければいけなかった旅もなかった、いや、実際は一度号泣しております。でも本当に行って良かったという旅でした。紅葉も少し過ぎたかなという感じでしたが、まだ十分きれいでした。数箇所行き損ねたところがあるので、機会があれば今度は週末に一度一人で行こうかなと思っております。その理由も報告の中で…
 今日は手短ですがこの辺で。

13.11.08

ついに行きます

 今日もすっきりとした天気でした。でも来週頭くらいに久々に雨になるらしい…
 さて…okamel、明日あさってと旅に出ます。垂井・岐阜・白川郷へ…。白川郷はまあお分かりでしょう。前の二つは…はい、そうです。竹中半兵衛ゆかりの地を旅してきます。実はこれが初めてではなく約十年位前に行っているのですが、あれから大河ドラマや他の歴史ドラマ、さらにはゲーム(かのBASARA2にも登場していますし)などで竹中半兵衛が扱われることが多かったので、多少変わっているかもしれないし、前回行っていないところも数々あるものですから。困ったことに、いまからうるうるなんです。前回墓参り(といってもこちらは遺髪と爪が埋葬されていると聞きましたが)したときもうるうるしましたので、今回も多分…。あのときよりもっと思い入れは深いので。兵庫県の三木の方に遺体は埋葬されているんですが、こちらは交通の便が…垂井よりは今okamelのいるところにより近いのに、じれったいというか何というか。ともあれ、出会いのきっかけとなった新書太閤記を片手に、行ってこようと思います。紅葉にはちょっと遅いかもしれませんが・・・。
 次回はその報告編になるかと思います。今回はこの辺で。

12.11.08

久々に

 今日は久々にすっきりと晴れております。洗濯日和。今やっているあとにもう一度洗濯する予定。めっきり冷えてきたので、服も大方冬服と入れ替えました。半袖Tシャツもまだ数枚は残しておきました…
 さて、もうひとつ「久々」といえば、昨日「決戦Ⅲ」に基づいた簡易イラストを3枚描きました。いつぞやも書きましたが、矢張り上級は難しくて、少しずつやらないといい加減煮詰まるんです…。で、最終戦手前でセーブして今はまた稲葉山城を落としたところでセーブしたものをロードして(半兵衛が出るまで1からやる気はないですね(苦笑))、再びストーリーを開始しました。今回はちょっと今までとは違って女性育成型にしております。今までいつも男性ばかり戦場に出して、女性を育てなかったので、今回は趣向を変えてみようかと。そうしたら今度は男性がおくれを取る様になってしまいました(笑)。メインの男性キャラ5人が途中で抜ける間がチャンスなんですが、その抜けるキャラの中には秀吉がおりますので、それを利用して1枚描いてみました。もう一枚は、今回最速で半兵衛を宿老にすることができたので、それを利用したもの、あとの1枚はお市と半兵衛を組ませた時に、半兵衛が攻められている時お市が救いに来たのを利用したもの。okamelがプレイしている限りでは、援護のキャラが攻められていても同じ軍のメインのキャラは助けてくれないことが多いんですが、このときはちょっと感動でした。お市は浅井長政が倒された後に出てくるので必然登場がかなり遅いのですが、その分諸技能は高めなので、育て様によっては使えます。逆にあまり早く出てくるキャラは諸技能も低めの設定なので育てるのに時間がかかる関係で、どうしてもおくれを取ります(佐々成政、滝川一益など)。今回はあと服部半蔵もよく育っております。
 いろいろ話は尽きないんですが、今回はこの辺で。

11.11.08

駅いろいろ

 ついに昨晩暖房をつけました。結局今年はこの時期まで殆ど台風が来ませんでした…こんな秋もあって、いいのかな。
 先ほどgooの小ネタつき地図を見ておりましたが、山手線の恵比寿駅は、もともとビール出荷用の駅だったんですね。okamelは鉄道マニアではありませんが、こういうネタを仕入れるのも結構好きだったりします。埼玉にいた頃使っていた東武東上線は、もともと農業用肥料を運ぶためのものだったとか何とか言っていた人がいましたが、どうなのでしょう。今はすごいことになっておりますが。okamelがその地に引っ越したときは、ちょうど駅が改築中で仮設のものがベニヤで出来ていたので、それまではかなり大きい駅の近くに住んでいた(京急久里浜、当時は京浜久里浜)okamel、ショックだったのを覚えています。久里浜に住む前は大宮に居りましたが、まだ新幹線が出来る前でしたので、あまり駅は大きくなかった記憶が。工事が始まった頃に久里浜に引っ越して、高校生になってから(その時は埼玉に住んでいた)高校の観劇会で大宮ソニックシティに行く関係で初めて大きくなった大宮駅を見て、新幹線が通ったら変わったなあと実感した記憶があります。大学卒業までに6回も引越しがあったら、こんな思い出もあるものです。
 では今回はこの辺で。

9.11.08

力が入らない~

 一昨日、昨日と○り腹に悩まされ、今もいまいち力が入らないokamelです。ここまでひどいのも久々。逆も辛いですが、これも辛いです。
 昨日筑紫哲也さんの訃報を読んで吃驚。ここのところ有名人の訃報が相次いでいるような気がするのはokamelだけでしょうか。okamel自身はニュース23を見ることがなかったのでそちらの印象はあまり強くなく、むしろ滝廉太郎の親戚にあたるということのほうが強く印象に残っております。Wikiによると滝廉太郎の妹が祖母に当たるそうで、もし滝廉太郎が長生きして髪がふさふさになったら、筑紫哲也さんの様になったのだろうかと想像しております。
 ゲームは進行速度が極端に遅くなっております…矢張り上級は難しい。それとどうやったらどうなるのかいろいろ試しているため展開が遅いんです。中級ではなかったことも起きますし。信長の妹のお市まで戦闘要員になりました(上級でのみ戦闘要員になる)が、本格的な戦に連れて行くには少し不安なところがあります。級が上がるに従って秀吉がどんどん使えなくなっているのも悩みの種…昨日も秀吉が撃破されて、残された二兵衛(半兵衛・官兵衛)がようやっとのことで敵軍を打ち倒したところ…頭の中にはこれをもとに、毎度のことながらいくつかイラストがうかんでおります…何時かご紹介できればと思います。あ、このゲームのもう一つの醍醐味は着せ替えができるということです。いろいろな武器・兜・鎧等々が出てきまして、鎧は男性用・女性用に分かれますが兜は兼用もあります。ところが女性が男性用の兜をかぶると髪の毛が消えてしまうんです(笑)。だから見た目ちょっと変…。で、半兵衛が今ちょっとばかり粋な感じ(?)になっておりますので、それで描いてみたら面白かろうな、と。
 おなか具合は悪くても、想像力だけはたくましいようで…。では今回はこの辺で。

7.11.08

龍馬か…

 おととい、思い切り鉛筆の先で手を刺してしまったokamel…。いくらかイラストを描いたあとのものだったので、それほど尖ってはいなかったはずなんですが。でもシャープペンシルでさすよりはいいのかな?
 さて、再来年の大河ドラマは龍馬が主人公とか。小学時代に初めて歴史漫画で見てすごい人だなと思ったんですが、ファンが多いだけにいろいろとドラマに関してコメントがありそうですね。個人的に関心があるのは勝海舟との出会いをどうもって行くかなんですけれども。okamelが子どもの時代は、子供向けの本に関して言えば暗殺しに行って説得され逆に弟子入りしたということで筋が固まっていましたが、実はそうではないらしいということも後々結構聞く様になったので、そのあたり、どうするのかな、と。あと、流れ上新撰組も出てくるのでしょうが、このドラマの中でどういう感じになるのか…。okamelが読んだ子供向け漫画の中では妙に極悪人のような扱いをされていましたが(暗殺者は新撰組のメンバーという説もあるくらいですし)
、やはりそうなってしまうのかどうか。どの時代でもそうでしょうが、特にこの時代をドラマ化すると、どうしてもどちらかを上げるとどちらかが下がってしまう。okamelは学部時代の卒論が勝海舟についてだったのでよく覚えていますが、薩長側と徳川側の史料を見ると、こんな言い方失礼ですが面白いくらい意見が違いますからね。 ともあれ、見てのお楽しみと言うことで…今回はこの辺で。

6.11.08

相変わらずですが

 大統領選挙、オバマさんが勝ちましたね。これで経済がまた動きますかね。少なくともオリンピック誘致は動きが出るだろうということですが。
 昨日メモリーカードが届いたので、そちらを使ってただいま上級進行中。中級は最後の最後で大谷吉継が侍大将に出世したんですが、う~ん、最後になって出世しても、次のステージで引き継げないからなぁ…半兵衛出世物語も当然一から。織田家に最初からいる家臣はスタート時からそこそこの身分なので上に上がるのが早いんです…たとえば森可成はすでに今武者大将に出世。といっても確か一回しか出世していないはず。半兵衛の場合そこまで行くのに、最初が物頭なので足軽大将、侍大将を経てやっと武者大将。いまようやっと侍大将まで出世したところなので、もう少し時間がかかりそう。今日のスタート地点である金ヶ崎でどれだけ功労が立てられるかというところです。
 出世するのに一番早いのは、やはりokamel的には弓系の兵科。前方に置く兵科はどちらかと言うとおとり的要素で使うことが多く、弓で無傷のまま敵を倒すというパターンが常習化しているので、弓を扱う軍のほうが手柄を立てやすい。半兵衛や丹羽長秀はそのパターンで出世しています。中級でついに足軽大将どまりだった秀吉を、半兵衛が出てくる前に出世させようかと思って暫く兵科を弓にしてみたんですが、なれていないためか冴えない…。まだ兵科レベル(これによって威力が左右される)が3だからかも…半兵衛や長秀はすでに8ですからねえ(半兵衛にいたっては弓騎馬は10です)…
 このゲームではキャラによって掛け声が代わるという面白みもあるんですが、弓を放つとき半兵衛や長秀は「放てー」というのに対し、可成や官兵衛は「放て」と無感情に言う。秀吉は「はーなてー」と言います。結構この調子、笑えます。あと忍術系特技(このゲームでは兵科特技のほか4種類の特技があります)を発するとき、多くの武将が「臨兵闘者皆陣裂在前」と言うのに対し、秀吉は「むにゃむにゃむにゃ」と言う。官兵衛はこの多くの武将と同じ文句を唱えるんですが、言い方がちょっと可笑しい。官兵衛を演じた声優さんが、官兵衛に対してそういうイメージを持ったということなのでしょうか。なかなかいい味は出しているような気もしますが、他の台詞の言い方といい、どうも○○○臭い…
 では今回はこの辺で。

5.11.08

どちらが勝つでしょうね

 トイレットペーパーが少なくなってきたので久々にドラッグストアに買い物に行ったら、デンタルリンスのトライアルサイズがお買い得になっていたので少し買い込んだokamel。500mlで698円の商品がこのトライアルだと250mlで248円だったんです。味や刺激のよしあしを見極めるため(アルコールを含んだものは強すぎる場合もあるので)2種類2つずつではありますが、いまのところそのうちの1種類はOKだったので、次の5倍ポイントデーのときにもっと買おうかなと思っています。残っていればいいなあ…
 決戦Ⅲにおいてついに半兵衛を家臣としては最高位の宿老にすることが出来ました。史実では半兵衛の主であった秀吉は未だに足軽大将…途中で抜けるのは矢張り痛いということですかね。例のお仁王様の出てくる「天運」、初めて半兵衛が1回スカりました。信長も1回スカりました。でも順調に二人とも学びつつあります。半兵衛はレベル2に到達。驚いたことに黒田官兵衛はこの天運がすでにレベル3で登場しているんですね。初級でプレイしていた頃にこのことを知っていたら、今頃もう少し展開が楽だったかもしれないな、と…。今日PS2用のメモリーカードの追加分が届く予定なので、そうしたら初級で1からやり直してみても面白いかなと思っています。今のカードは上級用にして…
 やっとタイトルのネタに…アメリカの大統領選挙、投票が進んでおりますね。ABC(アメリカの)は刻一刻と状況をインターネットで知らせているようで、夫が後ろで楽しんでおります。ブッシュvsゴアのときだったでしょうか、あの投票用紙騒動があったのは。日本ではまず見られない光景ですよね。okamel元公務員だったので開票作業にも何度か立ち会ったことがありますが、こういう言い方は何ですが原始的です。腕章をつけた職員が(これがないと会場には立ち入り出来ない)開票係、監査係、集計係等と分かれて一斉に作業を開始するんですが、票を数える以外は全て手作業。立候補者の名前の札がついた籠、白票用の籠そして疑問票用の籠(無効票用の籠もあったかな)を持った人が会場を循環して、開票係はそれに票を入れていきます。誤字で書かれた物は「疑問票籠」行きです。たとえ読みはあっていても漢字がちがったらそれは疑問票になります。ですから皆さん、名前は正しく書きましょう…。開票係は全て開票し終えたら帰る事ができます(okamelはこの係しかしたことがありません)が、監査係はすべての作業が終わるまで帰る事ができません。つまり翌朝までかかることが珍しくないんです。そしてそのまま日常業務に突入。即日開票とはすなわちそういうことになる可能性があるということです。選挙前日は会場設営のために朝から出勤(公民館のような場所は半日で済みますが、体育館の場合シート敷きがあるので丸一日かかることもあるそうです。okamelは公民館でしかしたことがありません)、当日も朝6時半には会場に集まって準備ですから、一口に選挙といっても裏ではいろいろあるわけです。アメリカの場合は、どうなのでしょうか。
 では今回はこの辺で。

4.11.08

すごい数

 今日は昨日と違って穏やかな天気(昨日は風がすごかった)です。昨日は布団カバーで回転ハンガーが占領されてしまったので、今日はその他を洗っております…
 さて、小室哲也逮捕のニュースを読んでいたのですが、作詞作曲806曲って、すごい数ですね。パターンが似たり寄ったりだという人もいるようですが、これだけ作って似ない方が逆にすごいような気もします…。小室ファミリーの曲の中では、okamelはキーが近い関係で華原朋美の曲をよくカラオケでは歌います(急に音が1オクターブ上がるあの曲もひそかに得意)が、最近の曲はまったく知りません、というか歌謡曲番組を以前ほど見なくなりました。CDTVがお気に入りだったんですが。そのため歌のレパートリーが全く増えず。カラオケ自体以前ほど行かなくもなりましたので、問題はないといえばないんですが。カラオケといえば、仕事をしていた頃課でカラオケに行って、一人がokamelが歌ったあとで「掃除のおばちゃん」という奇妙奇天烈な歌を歌ったのを覚えております。どこで覚えたのやら。
 今日は久々にイラストからもゲームからも外れたネタで書きました。あまりに小室逮捕というニュースが大きく感じられたもので。では今回はこの辺で。

3.11.08

臆病になっちゃった

 今久々に歌いながらお気に入りのブログを見つつイラストを描いています。3つのことを同時進行するというのはokamelにとってそれほど珍しいことではありません…。あ、歌っているのはキャロルです。ぽつぽつとクリスマスの文字を見られる様になってきたので、気兼ねなく歌える様になりました(笑)。
 う~ん、以前にもちょっと書きましたが、毎日描かないといけませんね。何だかタッチが臆病になっている。以前のものを見ると矢張り勢いがあるなあと。これでは色付きがかける様になるまで少し時間がかかるかも…
 ゲームのほうは地道に進行中…出世のこつを覚えたというか、半兵衛は既に中老、加えて女性キャラの出世にも成功。史実では前田利家の家臣の妻であるおつねという人がこのゲームでは登場する(なぜおまつでなくてこの人なのかなというひそかな疑問がokamel的にあったりする)のですが、今回はちょっとこの人に注目してみようかと。信長の妻である帰蝶は途中で長期離脱するので育ててもあまり戦力にならず…。それにしても、いつも書かせていただくことながら、半兵衛は、こういう言い方は何ですが、使えます。このゲームではいろいろな技があって、兵士数を回復させるものや攻撃力を挙げるものなどあるわけですが、そのなかに「天運」といって、それこそ運次第でめちゃくちゃ大きいダメージを敵に与えられるというのがあります。これは知力が高くないと基本的に成功率が低く、以前いろいろな武将が「PCの勝手」で(自分で技をかけることも当然できますが、たまにPCが自動的に技をかけることもあります)これを試みたんですが、失敗しまくり。この技をかけると最初燃え盛る炎と一緒にお仁王様が金棒を振りかざすCGが出てくるんですが、失敗だとこのあとに周りの敵兵士より小さなお仁王様が地面をコツとたたくCGがでます。ところがいまのところ半兵衛と信長のみ、失敗がありません。しかも半兵衛は1~2回でこれをマスター。贔屓にしたくもなります、ホント。
 では今回はこの辺で。余談ですが、最近ようやっと半袖Tシャツの上にジャケットを羽織る様になりました。食事のあとは矢張りまだTシャツで十分かな。

2.11.08

とてもじゃないけれど

 決戦Ⅲ、昨日ついに中級もクリア。と言ってもかなり苦労しました…。最後の大戦前に一揆をプレイしてみたら異常に難しい。攻略サイトによるとその次のステージは大戦より難しいとあったので、これは絶対自分にはクリアできないぞと思ったため、大戦に行ってしまいました。これで苦労しているなら絶対上級は中途で壁にぶつかると思ったので、以前途中でセーブしておいた中級を再度プレイ中。今度は島左近を得ることができた代わりに服部半蔵を得損なってしまった(彼を得られるステージをプレイし忘れてしまった)…。前回得損ねたぎん千代は得られましたがサンゼス(西洋人兵士で銃騎馬に長けている)はまた得損ねました。このゲームはひょんなところからひょんな人が出てくるところにも面白みがあるのですが、ぎん千代はもともと立花家の娘、つまり九州の人のはずなのに、このゲームでは近畿に住んでいるんです…余程企画者の誰かがぎん千代が好きで、どうしても登場させたかったのでしょうね。このゲームには女性キャラも少なからずいるのですが、残念ながらあまり使い物にならない…男性キャラもメインキャラ以外はあまり…。一時的にしても途中でストーリーから外れるキャラはどうしても育てられない分、仕方ないんですよね…。半兵衛がそのひとりでなくて良かった。
 ゲームではあまりキャラ一人ひとりの顔のアップは見られないんですが、攻略本の一つは顔写真が一つ一つ紹介つきで載っております。で、okamel思うんですが汎用キャラの一人ある大谷吉継、絶対顔のCGは女性のものを使っいるのでは…男性キャラのCGであれほど色が白くて化粧じみたものはないですから。よくあるパターンでこの吉継も顔の一部を隠しており、下部分を布で覆っているので目とその周辺しか見えないんです。だからどの顔CGを使っても基本的には男性とも女性とも見分けがつかない(苦笑)。顔を隠しているといえば忍者キャラ(服部半蔵や滝川一益も覆面をしているんですが、これは兜をかえると素顔を見ることができます。正直貧相(笑)。太閤立志伝Ⅴのようにもう少しニヒルにしても良かったのでは。一つ一つじっくり見ているとなかなか面白かったりします。
 では今回はこの辺で。

1.11.08

タイトルから気づきましたか?

 相変わらずの決戦Ⅲびたり、ある程度の慣れが出てきたのか、初級の時の半分の時間で中級は12章に突入。ただきゅうが上がるにしたがって敵も強くなっているため、黒田官兵衛が撃破されてしまいました…そのかわり頑張った竹中半兵衛、ついに中老に出世です。物頭から出発して4階級出世できました。一万以上の兵士をもてるのは、これで信長と半兵衛だけということに。感涙の極み。
 さて、昨日サイトを見ているとレッドクリフという映画の特集を見つけ、それと一緒に三国志がどうのこうのというので、中学時代三国志にどっぷりだったokamel(どっぷり過ぎて試験前に三国志関連の本を全部親に取り上げられた)、何の関連性ありやとおもってその特集記事を見たら、レッドクリフって赤壁のことだったんですね。皆さん直ぐに分かりましたか(特に三国志大好きという方。でも三国志の好きな方はどこかから三国志の映画ということで情報を得られているのかもしれませんね)?okamel大分前に中国で作成された三国志の映画を見たことがありますが、あれはあまりに長い物語部分(桃園の誓い~赤壁)を確か2時間前後の映画にしていたのでちょっと中途半端の感だったのを覚えています。でも俳優陣はかなり豪華で(実際に武芸大会で賞をとった人も出ていた記憶があります)、イメージぴったりの俳優ぞろえでした。okamel的には趙雲がかなり格好良かったのを覚えています。化粧や身振り手振りは殆ど京劇(笑)。対して今回のは日中合作の感じですね。で、諸葛孔明が金城武というのが今一しっくり来ないのはokamelだけでしょうか?okamel、諸葛孔明のイメージが人形劇の三国志でかなり固められてしまっているので(笑)どうもそれと違うと違和感を感じてしまう…。あとアニメの三国志(テレビ東京系のではなくて特番で2回ほどあった劇場版の)も強烈でしたね。
 では今回はこの辺で。